第1回では、1979年、クオーツショックに後継者難が重なり深刻な経営危機に陥っていたブライトリングの事業が、ブライトリング家からアーネスト・シュナイダーへ受け継がれたストーリーを紹介した。ブランドの存亡をかけ、アーネストが全霊を傾けて取り組んだブライトリング復活戦略の基本は、まず製品カテゴリーに3つの柱を構築することだった。ひとつは1952年に誕生したナビタイマーを中心とした伝統的なクロノグラフの継承であり、もうひとつが時流に応じ、エレクトロニクスの先端技術を駆使した多機能ウォッチの開発だ。そして第3の柱がブライトリング復活の命運をかける新型自動巻きクロノグラフの開発だった。その新たなクロノグラフこそ、1984年に発表された『クロノマット』だったことは第1回で示した通りだが、今回はそのクロノマットの開発プロセスに焦点を当て、ブライトリングの製品哲学に対する考え方に迫っていく。
ブライトリングの事業を継承したアーネスト・シュナイダーにとって最大の課題が、ウィリー・ブライトリングの意思を受け継いだ、新たな機械式クロノグラフの開発だった。課題は山積していた。高性能な自動巻きクロノグラフ・ムーブメントの選定と、クロノグラフに精通した時計職人の確保、そして何よりも難題だったのが新生ブライトリングを象徴するデザインだった。それはウィリーから伝えられていた、ブライトリングの製品は“プロフェッショナルのための計器”であるというブランド哲学をいかにデザイン反映させるかにこだわっていたからだ。
新型クロノグラフの設計に没頭していたアーネストに転機が訪れたのは1982年のことだった。イタリア空軍が、アクロバット飛行チーム“フレッチェ・トリコローリ”のためのオフィシャル・クロノグラフを公募したのだ。これはプロのパイロットの意見を直接聞くことができる絶好のチャンスだ、と考えたアーネストは、さっそく公募に応じることを決断し、すぐさまイタリアに飛んだ。フレッチェ・トリコローリ所属のパイロットたちに会うと、彼らは応募するクロノグラフを見せてくださいと言う。アーネストが「それは持ってきていません。あなたたちの意見を聞きに来たのです。その意見をこれから開発する新しいクロノグラフに反映させるのです」というと、彼らは一様に驚いたという。それは通常、公募に参加する時計メーカーは既存のクロノグラフで応募してくるもので、自分たちの意見を聞いてから開発に着手するなんて話は前代未聞だったからだ。
アーネストは、彼らの話を聞くうちに、それまでのデザインはすべて白紙に戻し、ゼロから設計し直す必要があることを悟った。さまざまなディテールが、新たな機能を持ちながら具体的な形として、彼の脳裏に浮かんできたのだ。例えば、フライトジャケットに引っ掛かりにくいラグやケースのフォルムや、グローブを嵌めたまま操作ができるリュウズとプッシュボタンの形状。クロノグラフ作動中に別の経過時間を知りたいという声を反映した、回転ベゼルの搭載。しかも経過時間より残り時間を知りたいという人のための、15分と45分の表記を交換できる、ネジで取り外せるライダー・タブの存在。さらに高度1万mの上空の強烈な陽の光のなかでも視認性を確保できる両面無反射コーティング風防のアイデアなど、多くのディテールにプロのパイロットたちの意見が取り入れられていった。これらの意見をもとに、微妙にディテールの異なるプロトタイプを100本製作して、彼らに実際の飛行訓練で着用してもらい、その結果、ベゼルの高さや風防ガラスの強度など、いくつかの改良が加えられていった。
こうして完成した自動巻きクロノグラフは、すべてのディテールに意味を持つ“プロフェッショナルのための計器”であると同時に、それらのディテールはひとつに集約されることによって生まれたデザインは、それまでのどの時計にもなかった情熱的なスタイルでもあった。ブライトリングが、フレッチェ・トリコローリのオフィシャル・クロノグラフに採用されたことは言うまでもないだろう。1983年に採用されたフレッチェ・トリコローリ・モデルは、翌1984年には、それをベースにした市販用の自動巻きクロノグラフ『クロノマット』となり、バーゼルフェアで正式発表された。いまだクオーツ全盛が続いていた時代だったが、その新作は画期的な機械式時計の登場を待ち望んでいた世界中の時計愛好家たちが絶賛。クオーツの逆風をはねのけ大ヒットとなった。
ブライトリング復活のミッションを担ったクロノマットの大成功は、その高い機能性を持つ高性能クロノグラフだったこともさることながら、スタイリッシュなデザイン性と多彩なバリエーションも大きな要因だった。ケースやベゼルの素材、文字盤のカラーやインデックスなどの種類も豊富にラインアップし、そして何よりもケースの存在感に負けないボリュームのあるレザーストラップの多彩なカラーバリエーションも、それまでのパイロット・クロノグラフにはない果敢な挑戦だった。
1984年の誕生以来、クロノマットはいくつかのマイナーチェンジと1994年、2004年の大きなリニューアルを重ねながら進化を続けていく。が、クロノマット誕生の精神とデザインの本質は一切ぶれることがなく、高級機械式クロノグラフの代名詞へと駆け上がっていった。そして2009年にはブライトリング初の完全自社開発・製造ムーブメントを搭載した『クロノマット B01』が登場し、現在に至っている。
とくに日本では、クロマットに秘められたストーリー性や比類なき存在感を放つデザイン性の高さに共感する愛好家が多く、毎年のように製作される日本のためだけのリミテッド・エディション“JSP”(JAPAN SPECIAL(=日本特別仕様)には熱い視線が注がれている。ここで紹介しているクロノマットも2019年に発表されたJSPコレクションであり、サファイアクリスタルバックから自社製キャリバー「ブライトリング01」の精緻なメカニズムが堪能できる特別仕様となっている。これらのタイムピースには、ブライトリングの命運を賭けたクロノマット誕生のストーリーとブランド哲学が脈々と、確実に受け継がれているのだ。
次回は、スイスでも屈指の高性能クロノグラフ・ムーブメントを自社製造するマニュファクチュールへと発展したブライトリングの技術力とクロノマットとの関係に迫っていく。
1984年の初代クロノマットに搭載され、2004年に登場した“エボリューション”まで続いたライダータブ付きのサテン仕上げベゼルを採用。1996年に発表された「クロスウィンド」譲りのスポーティなローマン・インデックスは、畜光塗料により昼夜を問わず最高の視認性を実現している。自社製キャリバー01の美しいムーブメントを、シースルーバックから見ることができるのもクロノマット JSPでは初めてだ。自動巻き。ステンレススティール、ケース直径44㎜、200m防水。税別90万円。
クロノマットのリミテッド・エディションのなかでも常に高い人気を誇るMOP(真珠母貝/マザー オブ パール)ダイアル。2019年は、中でも人気が高いブラックMOPダイアルにスポーティなバーインデックスを組み合わせ、インダイアルをシックなブラックで仕上げたモデルが登場した。サファイアクリスタル製のケースバックからは、自社製キャリバー 01の美しい仕上げと動きを堪能できる。自動巻き。ステンレススティール、ケース直径44㎜、200m防水。日本限定300本。税別108万円。
マザー オブ パールの本来の美しさを堪能できるナチュラルMOPダイアルに、白と相性抜群のブルーMOP仕様のインダイアルをセット。クロノマットの持つスポーティかつマスキュランな印象に、爽やかでエレガントな雰囲気を加えた、300本のみの日本限定モデルだ。サテン仕上げのライダータブ付きベゼルを採用することで、“プロフェッショナルのための計器”というクロノマットの本質がしっかりと貫かれているのは見事。このモデルもサファイアクリスタル製のケースバックからは自社開発・製造のキャリバー01の動きを楽しむことができる。自動巻き。ステンレススティール、ケース直径44mm、200m防水。税別108万円。
→ブライトリングの旗艦モデル「クロノマット」に託された想い/第1回 [歴史篇]
→ブライトリング「クロノマット」、自社ムーブメントを搭載する。/第3回 [技術篇]
→ブライトリングの希少なジャパンスペシャルにプレミアムな価値が宿る。/菅原茂が選ぶバーゼル新作6
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文=山田龍雄 写真=宇田川 淳/ブライトリング
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