トーネット社は家具の歴史で欠くことのできないメーカーである。なんといっても小規模だった家具ビジネスを、大きな産業に変えたのだから。19世紀半ば、ドイツでも産業革命が始まり、時代は貴族から市民中心の社会へ。トーネット社は、それまで貴族のために少量だけ生産されていた高額な家具にかわって、安価で美しい家具を多くの市民に届けた。
同社が家具の大量生産に成功したのは、無垢の木材を曲げる独自の技術を開発したから。木材は不均一で重く扱いにくい素材だが、曲げることで強度が増し安定するので、細くても頑丈な椅子を作ることができるのだ。トーネット社の「曲木」の椅子は、当時流行りだしたカフェなどで使われ、街の景色を一変させた。
そんなトーネット社の曲げる技術は、20世紀になっても活かされている。ちょうど100年前に開校したドイツのバウハウス。その教員や周辺のデザイナーたちが、新素材であるスチールパイプを曲げて新しい家具を作り始めた。これを製造・販売したのもトーネット社だ。ル・コルビュジエの、20世紀の傑作と言われるスチールパイプの家具を最初に作ったのもトーネット社である。もっとも彼は同社の曲木の椅子を愛し、自身の建築でもよく用いていたのだが。ともあれこれだけでも、トーネット社がどれほど重要な会社か分かるだろう。そして今年は、創業者のミヒャエル・トーネット(1796-1871)が家具工房を興してちょうど200年。ミヒャエルから数えて5代目にあたる世代が、ドイツで今もこの会社を経営している。
1859年
Michael Thonet「214」
ミヒャエル・トーネットの手による、家具の大量生産の先駆けとなった椅子。わずか6個のパーツとネジだけで構成され、いちはやくノックダウン方式を採用。「1脚がワイン1本の価格」と言われるほどの低価格に。1914年の1年だけで200万脚も生産された、世界で最も売れた椅子。13万1000円。
1929年
Marcel Breuer「S32」
バウハウスの教員であった、マルセル・ブロイヤーによってデザインされた椅子。スチールパイプを使った、最も売れた椅子と言われている。1本のスチールパイプを曲げ、座と背を付けただけの単純なつくり。金属の強度を活かした後ろ脚の無い片持ち構造で適度にしなり、座り心地に貢献。14万9000円。
さて、この頁に19世紀、20世紀のトーネット社の椅子と、最新のモデルを並べてみた。上の2点は、誰もが目にしたことのある、それぞれの世紀を代表する椅子だ。トーネット社の家具は、デザイン優先で生まれたのではない。素材を工夫していく工程からこの形に辿り着いたものである。そのため不要な飾りなどは存在しない。結果、160年、90年前のデザインにもかかわらず、時代を越えた美しさと、しっかりとした機能を備えているのである。そしてこの思想は、最新の技術を用いた現代の家具作りにも反映されている。トーネット社の200年の椅子作りの歴史は、けして伊達ではないのだ。
2018年
Sebastian Herkner「118」
今後のドイツ・デザイン界を担っていく若手デザイナー、セバスティアン・ヘルクナーによる椅子。パーツの少ないシンプルな構成。214から続く、ラタンを使った座面。年月を重ねても支持されるであろうタイムレスなデザインと、手に届きやすい価格。トーネット社の伝統を受け継いだ1脚。7万円。
商品の問い合わせ=yamagiwa tokyo Tel.03-6741-5800
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文=ジョー スズキ(デザイン・プロデューサー)
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