モナコからニースに向かうオートルートを走りながら、私はレザーとウッドに覆われた新型フライング・スパーのキャビンで心地いい朝のひとときを過ごしていた。
オートルートの制限速度である130㎞/h近いスピードでクルージングしていても、フライング・スパーのキャビンは静寂そのもの。ただし、完全な無音の世界とはわずかに異なる。路面の種類は耳障りでない程度に聞こえるロードノイズの変化から察知できるし、周囲との隔絶感も薄い。だから、これはあくまでも気のせいなのだけれど、車内が静かなこともあって小鳥のさえずりさえ聞こえるような気がするのだ。
巡航状態に入ったW12エンジンはまるで寡黙なイギリス紳士のように黙々と回り続けている。ところが、ときおり追い越し加速を試してみると、その吹け上がり方は同じ世代のW12を積むコンチネンタルGTに比べて微妙に軽快なように感じる。車重はむしろフライング・スパーのほうが重いから、ギア比を低めるでもしない限り、このような感触は生み出せないはず。現段階では細かい諸元が明らかになっていないので結論を述べるのは難しいが、W12本来のスムーズさが失われたわけではないので、軽々とした吹け上がりはむしろ歓迎されるべきものだろう。
改めてキャビンを見渡すとコンチネンタルGTとは微妙に異なるデザインが施されていることに気づく。たとえば、センター・コンソールに埋め込まれた四角いエアコンの吹き出し口はフライング・スパーで初めて登場したデザイン。これは左右対称に配したBの文字でベンチレーションを縁取ったもので、クローム部分にダイアモンド・ナーリングと呼ばれる繊細な加工を施せば驚くほど華麗な雰囲気を醸し出してくれる。
幾何学模様をレザーの凹凸で表現した3Dレザーをドアの内張に用いたり、カテドラル・ウインドウと呼ばれる新しいステッチを用いたのも新型フライング・スパーが初めて。いずれもイギリスらしいエレガントさをモダンに表現していて美しく、ベントレーのインテリアが新しい世代に入ったことを物語っている。
エクステリアも華麗に生まれ変わった。基本的なデザイン言語は最新のコンチネンタルGTと同一でモダンかつスポーティだが、フライング・スパーはより重厚で威風堂々としている。グリルの頂点に鎮座するフライングBが新たに立体的な造形とされたのも見どころの1つだ。
しばらく走ったところでオートルートから外れ、山並みへとつながる一般道を走り始める。路面からのゴツゴツ感が見事に遮断されているのは、コンチネンタルGTよりもサスペンション・ブッシュを柔らかくしたのと地上高を上げてホイール・トラベルを延長したおかげだという。そのわりにハンドリングのレスポンスは良好で、鋭く切り返すようなワインディングロードでももどかしさを感じない。この辺は、48Vシステムを用いたアクティブ・アンチロールバーが効いているに違いない。
前方が開けたところでさらにペースを上げるが、フロントの反応がシャープなだけでなくリアのスタビリティも驚くほど高いことに気づく。おかげで、かなり攻めたつもりでもタイヤのスキール音さえ聞こえてこない。ベントレー初の4WSを装備した効果もあるのだろうが、この快適性とハンドリングのバランスはコンチネンタルGTさえも凌ぐ。
ベントレーのシャシー・エンジニアがこんな話を聞かせてくれた。「これまでは(肩をすくめながら小声で)『ボク、フライング・スパーです』という感じでしたが、新型は(堂々と胸を張って)『私がフライング・スパーだ』と主張できるモデルに生まれ変わりました」。3代目フライング・スパーの自信にみなぎった佇まいは、開発陣のそんな思いを反映したものといえるだろう。
文=大谷達也
■ベントレー・フライング・スパー
駆動方式:フロント縦置きエンジン4輪駆動 全長×全幅×全高:5316×1978×1484㎜ ホイールベース:3194㎜ トレッド前/後:1670/1664㎜ 車両重量:2437㎏ エンジン形式:水冷W型12気筒DOHCツインターボ ボア×ストローク:84.0×89.5㎜ 排気量:5950cc 最高出力:635ps/6000rpm 最大トルク:91.8kgm/1350-4500rpm トランスミッション:8段デュアルクラッチ式自動MT サスペンション前:ダブルウィッシュボーン/エア サスペンション 後 マルチリンク/エア 車両本体価格(10%税込):2615万8000円
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