2019.12.13

LIFESTYLE

83歳の名匠が描く、イギリス人家族の試練 『家族を想うとき』

イギリスの名匠ケン・ローチが、日本人にとっても他人事ではない、現代社会における労働の問題と、 家族の絆をテーマにした新たな傑作を生みだした。

今年で83歳となったケン・ ローチは、現役で活躍する最も偉大なイギリス人監督の一人だ。カンヌ国際映画祭のパルムドール(最高賞)を2度も受賞したローチは、これまで労働者や社会的弱者が直面する 厳しい現実を描いてきた。その一貫した姿勢は本作『家族を想うとき』でも変わらない。


日本においてもフランチャイズ・オーナーたちの過酷な労働実態や、ブラック企業による被害が近年大きな社会問題と化しているが、この映画の主人公リッキーを取り巻くのも、まさにそんな状況だ。


銀行と住宅金融組合の破綻により建設作業員の職を失ったリッキーは、悲願のマイホームを手に入れるため、フランチャイズの宅配ドライバー として働き始める。だが個人事業主とは名ばかりで、現実は本部の上司から、理不尽なシステムによる長時間労働を押し付けられる毎日。


一方、パ ートタイムの介護福祉士である妻も、最低限の賃金で一日中働いている。家族との時間さえまともに持てない2人の労働環境は、やがて16歳の息子と12歳の娘との関係にも暗い影を落としていく......。


本作ではまず、家族を演じる4人の役者たちが素晴らしい。父親役のクリス・ヒッチェンが本格的に芝居を始めたのは5年ほど前で、それまでは自営の配管工だったという。そのほかの俳優もすべて無名だが、逆に彼らの飾り気のない存在感が、リアルな生活の匂いを作品に与えている。


またこれまでの作品と同様、ケン・ローチは安易な逃げに走らない。リアリズムに徹した内容はドキュメンタリーのようでもあるが、家族のために必死に人生を立て直そうとする父親の姿は、どこかイタリアン・ネオレアリズモの名作『自転車泥棒』を彷彿とさせる。


次第に袋小路に追い詰められていく家族の姿は見ていてつらい。だが本作には、それ以上に印象的な、家族の絆を描く瞬間がいくつかある。ケン・ローチ監督の家族に対する目線は常に温かい。その温かさが、本作が孕むテーマを、より切実に我々に突きつけてくるのである。


撮影現場のケン・ローチ監督(中央)。電気工の父と仕立屋の母の元に生まれ、オックス フォード大学では法律を学んだ経歴を持つ。『麦の穂をゆらす風』(06)と『わたしは、ダニ エル・ブレイク』(16)でカンヌ国際映画祭のパルムドールを受賞。photo: Joss Barratt, Sixteen Films 2019 © Sixteen SWMY Limited, Why Not Productions, Les Films du Fleuve, British Broadcasting Corporation, France 2 Cinéma and The British Film Institute 2019

100分。配給 : ロング ライド。 12月13日よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次公開。


文=永野正雄(ENGINE編集部)

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