ヴィキングル・オラフソン は、国際コンクールの出身者ではない。2016年に名門ドイツ・グラモフォンと専属契約を結び、『フィリップ・グラス : ピアノ・ワークス』 というCDで鮮烈なデビューを飾った。次いで『バッハ・ カレイドスコープ』を世に送り出し、「ずば抜けた才能」と新聞・雑誌で称賛された。
「子ども時代を過ごしたアイスランドには、コンクールはありませんでした。やがてニューヨークのジュリアード音楽院に留学したのですが、そこではすべてがコンクール中心であることに疑問を抱きました。私はコンクールとは距離を置き、より広いレパートリーを開拓したり、小さなコンサートを開いたりするなど創造的な方向を目指しました。 大手レコード会社と契約するまでかなり時間を要しました、自分が信じる道を歩み、これまでなかった演奏解釈をすることが私にとって重要なことなのです」
そのヴィキングルが12月に日本で待望のリサイタルを行う(追記 : 12月13日来日公演終了)。プログラムはラモー、ドビュッシーの曲とムソルグスキーの『展覧会の絵』というこだわりの選曲だ。
「日本公演は、ドビュッシー がもっとも愛したラモーの音楽から始めます。ラモーもドビュッシーも曲作りに関したルールに疑問を抱き、それを破ることを得意としました。その精神を踏襲し、ラモーの組曲の順番を入れ替えたり、 省略したりしています。ドビュッシーに関しては、バロックのルーツが現れる選曲を心がけました」
ヴィキングルは『展覧会の絵』に関しても一家言をもつ。「この作品はスヴャトスラフ・リヒテルの1950年代のカーネギー・ホール・ライヴ に強烈な印象を受けました。まるで各々の絵に命が吹き込 まれるようです。もうひとつ、夭逝したウィリアム・カペルの録音も一音一音に電流に似たものが宿っています。そうした演奏に触発されていますが、私は楽譜に忠実に弾くことをモットーとしています。なぜなら、作品が内包する説得力と力強さを大切にしたいからです」
彼のバッハもまた創意工夫に満ち、聴き手の心の感動という扉を強烈にノックする。あくまでも透徹な響きを保持し、類まれなる集中力に支配されたひとつひとつの音は、その奥に限りない静けさを宿 している。
ピアノ好きの心をとらえる彼の音楽は爽快感と躍動感に富むが、どこか人間離れし、天空からクールな目で現世を眺めているよう。とても不思議で神聖な空気をまとっている。


文=伊熊よし子(音楽ジャーナリスト)
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