1986年に刊行された『皿の上に、僕がある。』は、画期的な料理本だった。東京・四ツ谷に『オテル・ドゥ・ミクニ』を開業したばかりの三國清三シェフによるこの本は、120の料理 を円形の白皿に盛り、それをモダン・アートのごとく、俯瞰の写真で見せたのである。
今でこそ俯瞰の料理写真は珍しくはないけれど、当時はこの斬新な表現が大きな話題を呼び、世界中の有名シェフがこぞって本書を入手した、という逸話まで残されている。
「レストランをオープンしてから30余年。最初の本を超えるものを作るために、これだけの歳月が必要でした。新しい本で描いてみたかったのは、これまで私が出会ってきた人々 や自然、食材など。それを私の料理と共に表 現してみせたのです」と、三國シェフ本人が語る。
『ジャポニゼ』と名づけられた本書は、料理本というより美術書という言葉が相応しい豪華 な一冊だ。表紙には島根県浜田市の伝統工芸品、石州和紙を使っており、504ページを彩る オールカラーの写真は、ため息が洩れるほど美しい。三國シェフによる独創的な102品を 盛り付けた器も、備前焼の大家、佐藤苔助さんが本書のために焼いてくれたものだそうだ。
完成までに5年かかったという本書で、三國シェフは旧知の生産者たちに会いに北海道から沖縄までを旅する。弘前の木村秋則さんがつくる"奇跡のりんご "、西東京市ニイクラファームが栽培するハーブ、北アルプスの山奥でつくられる清水さんご夫妻のチーズ......。 三國シェフがつくる料理の裏にこれだけの物語が隠されていることを知り、日本の食文化の奥深さに改めて気づかされる思いだ。
最後にタイトルの『ジャポニゼ』にはどんな意味があるのか? 三國シェフに訊ねてみると、「四ツ谷の店をオープンして5年経った頃、私の師であるアラン・シャペルさんがフランス から訪ねてこられたのです。その際に私の料理を、フランスの黄金期を築いてきたシェフたちの世界を"ジャポニゼ “(日本化)したもの、 と評してくださった。とても嬉しい言葉でしたが、以来、ずっとその言葉の意味を考え続けています。今、改めて振り返ってみると、私が歩んできた道を素直に表現すること、それ自体が"ジャポニゼ"なのかもしれませんね」
文=永野正雄(ENGINE編集部)
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