泥はねがこびりついたボディにはカラフルなステッカーがところ狭しと貼り付けられている。まるでラリー・カーのような外観のこのクルマこそ、アストン・マーティンが今春のデリバリー開始を目指して開発の総仕上げに取り組んでいるDBXのプロトタイプだ。私は2019年末にオマーンで行なわれたその試乗会に日本人としてただひとり参加してきたので、その印象を報告しよう。
アストン・マーティンのチーフ・エンジニアはマット・ベッカー。ロータスで長年エンジニアを務めてきたベッカーは5年前にアストン・マーティンへ移籍すると、それまでやや頼りなかった同社の足まわりを驚くほどソリッドな感触のものに作り替え、走りを一新させた。スポーツカー作りで長年培ってきたノウハウがそのまま役立った格好だが、ハンドリング性能だけでなく快適性や静粛性も重視されるSUVをベッカーがどんな風に仕上げるのかは、少し楽しみであると同時に心配でもあった。
ところが、オマーンの舗装路を走るDBXプロトタイプは路面からのゴツゴツ感を見事に遮断すると同時に、ボディをピタリとフラットな姿勢に保ち続けている。それも、不快な振動を吸収するために大容量のゴムブッシュを無定見に入れた足まわりとは別物の、しなやかでありながら芯のしっかりとした乗り心地が味わえるのだ。また、試乗車はピレリ・スコーピオン・ゼロというオールシーズン・タイヤを装着していたが、ロードノイズは思いのほか小さかった。実に良質で快適なシャシーと評価していいだろう。
DBXのシャシーを良質と評価したくなる理由はほかにもある。それはクルマ全体からわき上がる一体感であり、その結果として得られるステアリングの正確な動作にある。 乗り心地のところでも述べたが、DBXの足まわりにはあいまいさがない。それだけでなくボディ全体が頑強で、タイヤからステアリングやシートにいたる過程のすべてが適切な剛性でバランスされているように思える。このため、ボディが実際よりもずっと小さく感じられるとともに、SUVでありがちな"タイヤが遠く離れたところにある"感覚が薄い。つまり、クルマ全体がとてもタイトでソリッドな印象なのだ。
操舵してからクルマが実際に反応し始めるまでの時間もとても短い。つまりステアリング・レスポンスが鋭いわけだが、操舵量とノーズの向きが変わる量の関係は常に一定に保たれているので、走り始めた当初から自信を持ってステアリングを握っていられる。この辺は、アジリティの意味を誤って解釈して"ちょっとハンドルを切っただけで大げさに向きを変える"ようにしつけられた一時期のプレミアム・カーとは決定的な違いがある。
こうしたクルマの特性から得られる当然の結果として、DBXのステアリングは実に饒舌で情報量が豊富。それでいながら荒れた路面を走ってもキックバックはほとんどなく、路面のアンジュレーションで進路が乱されることもない。高速道路での直進性も実に優秀で、とても洗練された仕立てだと思う。
つまり、DBXのシャシーは快適性、静粛性、操縦性などをいずれも高い次元で成立させていたのである。率直にいって、快適性と正確なハンドリングのバランスという面でいえば、現時点でDBXはラグジュアリーSUVの頂点に位置すると思ったくらいだ。
なぜ、本来は相反する関係にある様々な要求に対し、DBXはいずれも高い平均点で応えることができたのか? ベッカーに訊ねると「私たちにはSUVの開発をした経験がなかったので、5年前にDBXのプロジェクトが始まった当時、まずライバルになりうるモデルを徹底的に研究しました」という。 そうしたモデルのなかには旧型ポルシェ・カイエン・ターボ、BMW X6M、レンジローバー・スポーツSVRなどが含まれていた。
「そこで気づいたのは、これまで私たちが手がけてきたスポーツカーやグランドツアラーとは違い、SUVは操縦性や動力性能だけでなく、静粛性、快適性、居住性など幅広い性能が要求されることでした」
こうした要求に応えるため、まず導入したのが様々な電子可変制御システムだった。3チャンバー式のエア・サスペンションに始まり、48V系を用いたアクティブ・アンチロールバー、電子制御式4WD機構などを採り入れたのは、すべてSUVに求められる広範な性能を満足させるためだったという。
ただし、ベッカーたちはそうした最新のテクノロジーに頼るだけでなく、クルマの基本となるメカニズムの面でも手を抜かなかった。
「私たちがテストしたモデルのなかでも、レンジローバー・スポーツSVRは特にオンロードのパフォーマンスとノイズレベルのバランスが素晴らしかった。そこで足まわりを解析したところ、サスペンション取り付け部のボディ剛性とサスペンション・ブッシュの硬度の関係が重要な鍵を握っていることがわかりました。そこでこれと同じ考え方をDBXにも採用しています」
事実、DBXのエンジン・フードを開けると、ストラットタワーバーがバルクヘッド側にも張り巡らされていた。操縦性と快適性の優れたバランスは、こうした質の高いメカニズムにも支えられているように思えた。
オマーンではオンロードだけでなく、固く引き締まった路面に小さな砂利が敷き詰められたようなオフロードも走行できた。そこでも優れた乗り心地や静粛性を維持する一方で、際立って高いリアのスタビリティを発揮。ターンイン後にブレーキングで強引に前荷重にするようなドライビングをしても安易にテールが流れることはなく、安定した姿勢を保ってコーナーをクリアできた。
今回は本格的なワインディングロードやトラクション性能が問われる泥濘路などを走るチャンスはなかったものの、DBXがスポーツ性能だけを追求したモデルではなく、上質かつSUVらしいオールラウンダーな性格に仕上げられていることがよく理解できた。数ヵ月後に控えた製品版のデビューが待ち遠しい。
文=大谷達也 写真=アストン・マーティン・ラゴンダ・リミテッド
■アストン・マーティンDBXプロトタイプ
駆動方式 フロント縦置きエンジン4輪駆動
全長×全幅×全高 5039×1998×1680㎜
ホイールベース 3060㎜
車両重量 2245㎏
エンジン形式 水冷V型8気筒DOHCツインターボ
総排気量 3982cc
ボア×ストローク 83×92㎜
最高出力 550ps/6500rpm
最大トルク 71.4kgm/2200-5000rpm
変速機 9段AT
サスペンション 前/後 ダブルウィッシュボーン+エア/マルチリンク+エア
ブレーキ 前/後 通気冷却式ディスク
タイヤ 前/後 285/40YR22/325/35YR22
車両本体価格(税込) 2299万5000円
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