ル・マン24時間レースのLM-GTEカテゴリーで優勝することを視野に入れ、FRからミドシップへと大変身したシボレー・コルベット。新型の詳細を本国の試乗会から報告する。
ときは第二次大戦後間もない1950年代。自動車が道具の範疇を超えて人々の憧憬となり、自由奔放に未来を表現し、もう幾つ寝るとクルマは走るものではなく飛ぶものになると言わんばかりに、揃いも揃って天に向けて羽根を伸ばした。これを文化と称するなら文句なしの黄金期であり、その真ん中にいたのは間違いなくアメリカだ。
その最中、54年に登場した初代シボレー・コルベット=C1は、はしご型のフレームにリア・リーフ・リジットサスのクラシックな車台に、軽さと形状自由度を両立するファイバー製ボディを被せて、自動車のスポーツカーとしての価値を提示した最初のアメリカ車となった。
その鼻先に大型車用のV8エンジンを押し込んでサーキット・レベルのスピードを獲得することを提示したのが、当時GMの実験部門にいたエンジニア、ゾーラ・アーカス=ダントフだ。
しかし、実は自らもル・マン24時間レースでクラス優勝を果たすほど動的性能に精通していたダントフが、将来的にコルベットの成長を託そうと模索していたのがリア・ミドシップという型式だったのだ。
50年代後半、サーキットでクーパーによって拓かれたそのパッケージが後々F1のスタンダードに繋がったのはご存知の通りだが、ダントフはこの時期から既にミドシップの可能性を模索し始めており、59年にはフォーミュラ・スタイルのコンセプト・カー、CERV1を製作。
62年以降は本格的にコルベットのミドシップ化に繋がるリサーチ・ビークルを継続的に手掛けてきた。
それから足掛け、約60年。ダントフを含め、その当時コルベットのミドシップ化を検討したデザイナーやエンジニアは皆この世にいないが、コルベットは晴れてこの8代目=C8でリア・ミドシップのパッケージを手に入れた。
開発を担当したエンジニアによれば、その具体的検討は2014年に始まっているというから、C7のデビュー時にはミドシップ化が既定路線化しつつあったわけだ。
なぜこの期に及んでそれが実現したのか。エンジニア氏曰く、FRでは八方手を尽くしたものの、どうしても解決できない問題があったからだという。それが後輪のトラクション不足やそこから発生する運動性能への影響といった項目だ。
前者は平然と700psを超えるようになったスーパーカー・リーグとの対峙、後者はGTEやGT3カテゴリーに代表されるレーシング・フィールドでの戦闘力確保を指すもので、つまるところコルベットはC7世代、755psのZR1でFRとしての頂点を究めたことになるのだろう。
C8のシャシーワークは当然ながら、初代から続いたフルフレーム構造からはがらりと姿を変えたものになっている。主要部位に日の字断面の押出材やキャスティング材を用いたアルミ・スペース・フレームはフェラーリやホンダのミドシップ・モデルも採用する構造だ。
並行してフロア・ボードやスカットルにカーボン・パネルやマグネシウム・キャストを用いるなど軽量化にも注力、フレーム単体での剛性はC7に対して約2割向上しているという。
サスペンションは前後ダブルウィッシュボーンと、形式自体は変わらないが、C2以降リア・サスに横置きで用いてきたコンポジット・リーフ・スプリングは姿を消し、四輪ともにポピュラーなコイル・オーバー・タイプに改められている。
前型までのサス形式は理論上バネ下重量を低減できることに加えて、荷室形状の自由度が高まることもあり、実用性と運動性能との両立を目指すコルベットが拘って用いてきたディテールだ。
が、ミドシップ化により荷室位置は大きく変更されたことで、戦闘力の高いサプライヤーの参入も容易となるサス形式が選ばれることとなったわけだ。
ちなみにトランクは前後端に用意され、容量的には350ℓ強とこの手のクルマとしては望外の積載力を誇るが、室内のシート・バックなどに手荷物を置けるスペースがないのが残念なところだ。
内装はデザイン的にはビジー&トリッキーな印象を覚えるも、いざ座ってみれば必要なものはあらかた直感的にアクセス出来る。特徴的なレイアウトの空調スイッチも上部は運転席、下部は助手席と意識しておけば、慣れに要する時間も少なそうな印象だ。
試乗時も迷い探したのは上部の室内灯付近に設けられたハザード・スイッチくらいだろうか。思えば使用頻度が低いのだろう、アメリカのクルマでは残念ながらそれはぞんざいな位置に置かれることが多い。
ミドシップ化されても前方視界の良さは相変わらず……どころか、キャブ・フォワード&ロー・カウル化で更に磨きがかかっている。左右フェンダーの両峰は一目瞭然ゆえ、車幅感や前輪位置の把握しやすさは抜群。手に取るようにわかりやすく豊かな前方情報量は初代NSXを思い起こさせるほどだ。
天地が削がれた異型ステアリングはリムがメーターナセルの同一視線上に収まってくれることもあって、HUDの視認性向上にもしっかり貢献していた。が、後方視界は一転、他のミドシップ・カーと似たようなもので相当に厳しく、多くの情報はセンサーやカメラなどに頼ることになるだろう。
ドライブ・モードはウェザー、ツアー、スポーツ、トラックの4つを基本に、マグネティック・ライド・ダンパーレートやESC介入度などをコンフィギュレーションするマイモード、更にエンジンやミッションのマップも自分の好みに選択出来るZモードも用意される。
ダンパーは3段階のレート設定のほか、路面や負荷による後輪の接地状況を捉えてレートを最適化し、トラクションを安定させるロジックも加えられた。
他のあらゆるところは劇的な刷新となるも、搭載されるエンジンは著しく伝統的だ。コルベットが60年以上にわたって用いてきたスモール・ブロックのOHV・V8の流れを汲むLT2は、ムービング・パーツの摩擦抵抗やイナーシャの低減、気筒休止システムの採用、狭いエンジンベイにパズルのように組み合わせられた吸排気の効率的レイアウトなどを重ねて495ps&637Nmを発揮する。
組み合わせられる変速機は自社開発の湿式8段DCTで、0〜96マイルは2.9秒、最高速は312㎞/hというスペックとなる。これはスーパーチャージャーV8を搭載したC7世代のZ06に対して同等以上の速さを示すものだ。
試乗モデルは強化されたコイル&スタビライザー、電子制御メカニカルLSDなどを備えるZ51パッケージが主で、これは日本仕様と同一スペックとなる。が、タウン・ライドでの乗り心地は比較したUSスペックの標準サス・モデルに対しても全く見劣りはなかった。
ミドシップとしてはやや長めのホイールベースも奏功してか、凹凸に対する追従性はしなやかを超えてまろやかと評したくなるほどで、突き上げや小石の巻き上げなどのロード・ノイズも気にならない。フラットなライド感と適切な遮音環境からくる快適性はポルシェ911カレラ辺りと比べられるほど洗練されている。
この快適性に加えて扱いやすさに寄与しているのが、GMとしては初出となる8段DCTのリンケージ制御の巧さだろう。這うような低速域でも高速巡航からのキックダウンでも、その所作は従来のトルコンATに重ねられるほどに滑らかだ。
エンジン本体は低回転域から野太いトルクを感じさせるタイプではなく、むしろシャープな回転フィールで高回転域に従ってパワーをきちんと紡ぐキャラクターだが、常に適切なギアを捕まえるこの変速機のおかげで歯痒さを感じるようなことはない。
クローズド・コースではまず旋回限界の深さに驚かされた。計器上は1.3Gの横力が定常的に掛かり続けるも、リア・アクスルはどっかと地面に根を下ろしてやすやすと発散する気配はない。Z51パッケージには増速差動も加わる電子制御LSDが加わるが、その旋回力も目立たなくなるほど、ともあれ重心の低さが安定感に直結しているという印象だ。
安定はしているものの旋回感は軽くて中立的、滑り出しもミドシップ的なピーキーさは努めて丸めてある。ドラスティックな変貌から受けるイメージとは裏腹に、C8の運動性能はミドシップとしては相当にナチュラルなものだった。
何よりC8はドライバーを余計に気遣わせることなく、クルマなりに据わりよくドンと真っ直ぐ走ってくれる。そんなコルベットにとって重要な性能と見切らず向かい合ってくれたことが有り難い。ニュルを7分29秒台で走り切るレーシーなポテンシャルは、背後で響くスモール・ブロックらしいのどかなサウンドと見事に共存しているわけである。
■シボレー・コルベット
駆動方式 フロント縦置きエンジン後輪駆動
全長×全幅×全高 4630×1934×1234㎜
ホイールベース 2722㎜
車両重量 1530㎏
エンジン形式 90度V型8気筒OHV
総排気量 6153cc
最高出力 495ps/6450rpm
最大トルク 65.0kgm/5150rpm
変速機 8段自動MT
サスペンション 前&後 ダブルウィッシュボーン/コイル
ブレーキ 前&後 通気冷却式ディスク
タイヤ 前/後 245/35ZR19 / 305/30ZR20
車両本体価格 1180万円~
文=渡辺敏史 写真=GM ジャパン
(ENGINE2020年5月号)
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