2020.07.05

LIFESTYLE

晩年を過ごした荒野のコテージ 「聖地」となったデレク・ジャーマンの家

木材を使った外壁は、防水のためタールで黒く塗られている。右奥には後に追加された一棟が、左手奥1キロ強の場所には原子力発電所がある。庭造りには向かない砂地だが、デレク・ジャーマンは独創的な景観を作り上げた。

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日本でも人気の高かった映像作家の故デレク・ジャーマン。彼が晩年を過ごした家が、ファンの支援により保存されることとなった。  


黒く塗られた壁に黄色い窓枠が印象的なこの家は、19世紀の地元の漁師小屋を改装したものだ。建っているのは、ドーバー海峡に近い、原子力発電所がすぐ傍の、住人もまばらな海辺の荒野。この質素な建物が、相応しいオーナーの手に渡り保存されるためクラウドファンディングが行われ、期限の3月末までに8000人を超える人々から募金があった。しかも集まったのは、必要額を上回る5億円。大きな話題になっている。


この家は、20世紀のイギリスを代表する映像作家でアーティスト、そして造園家として知られるデレク・ジャーマン(1942~94)が晩年を過ごした、「プロスペクト・コテージ」だ。日本でも、映画『カラヴァッジオ』や、80年代のザ・スミス、ペット・ショップ・ボーイズのミュージックPVで知られる人物である。彼は、1986年にHIV陽性となり、華やかなロンドンから逃げるようにして、地の果てのようなこの場所に移り住んだ。有効な治療薬もなく、同性愛に対する差別が激しい時代である。彼はエイズ発症に怯えながら、「期待」と名付けられたこの小屋で、パートナーと静かな生活を送りながら作品の構想を練った。


壁には、英国の詩人ジョン・ダンの詩『日の出』の一節が刻まれている。正面の海まで400m。その間には何もない。


デレク・ジャーマン。映画『ザ・ガーデン』はこの家で撮影された。ほかに『セバスチャン』『ブルー』などを手掛けた。


世界中から集まる人々

そして家だけでなく、庭が本当に素晴らしい。砂地で風が強く、イギリス人の好きなガーデニングには向かない土地だが、海岸に流れ着いた流木や難破船などを使いながら、個性的な植物を植えた庭は、独特の美意識を有している。デレクの映画の舞台や書籍にもなった。


遺品が多く残った室内は、この場所を訪れる機会を得たアーティストに多くのインスピレーションを与えている。それだけではない。中に入れずとも、道路から庭と家を眺めるだけで感動する熱心なファンが、世界中から訪れているのだ。ここはひとつの「聖地」である。


集まった資金で建物は100年以上の歴史を持つトラストの手に渡り、遺品の多くは美術館などを運営するテートが管理することとなった。歴史の浅いものでも、文化的価値の高いものを次世代に引き継ぐ事業に応援者は多い。このニュースに世界は安堵したのである。


室内は、彼の油絵作品が数多く残る。英国では、先鋭的なアーティストでも、アットホームなインテリアの家に住むケースが多い。


映画で使用された道具や海岸で拾ったものなど、家の中はモノが溢れる。スケッチブックや手紙、写真などはテート・モダンに収蔵され、公開されることに。


文=ジョー スズキ(デザイン・プロデューサー)


(ENGINE2020年7・8月合併号)

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