2020.08.31

CARS

ネジがぶっ飛んだシトロエンの異端児! フロント・タイヤを素手でワシづかみにするようなダイレクト感はFF車史上最高の1台 自動車ジャーナリストの佐野弘宗さんが唯一衝動買いしたクルマとは

自動車ジャーナリストの佐野弘宗さん

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これまで出会ったクルマの中で、もっとも印象に残っている1台は何か? クルマが私たちの人生にもたらしてくれたものについて考える企画「わが人生のクルマのクルマ」。自動車ジャーナリストの佐野弘宗さんが、大磯プリンスホテルで開かれた試乗会で 出会った1台のシトロエン。 そのステアリング・フィールは とてもFF車とは思えないほど ダイレクトなものだった。

ネジがぶっ飛んだ異端児

こうして年間に数十台から100台強のクルマに試乗する仕事をしていても、仕事をきっかけに「衝動買い」に走ることはまずない。試乗取材でいかに感動しても、それをお伝えしたいとは思うが、自分の購入欲とはまた別である。自分にとってドンピシャのクルマとドンピシャのタイミングで出会う機会など、こういう仕事をしていてもめったにない。

そんな私にも、じつは衝動のおもむくままに買ったクルマが1台だけある。それがシトロエン・クサラVTSである。クサラはシトロエンがかつて生産していたCセグメントで、「VTS」とは他社でいうGTIに相当するグレードである。1997~2006年という生産期間からすると、VWゴルフIVのGTIが同世代の直接的なライバルとなる。


あれは忘れもしない1999年2月のことだ。大磯プリンスホテルに正規輸入車が一堂に会した業界恒例「JAIA試乗会」で、私は上陸間もないクサラVTSに初遭遇した。このときはたしか某雑誌の取材で、撮影時間を差し引いた30分弱という短時間試乗だった。しかし、走り出した瞬間に「これだ!」と思った。

シトロエンは以前から好きなメーカーだったし、クサラ自体のスタイルやパッケージングにも好感をもっていた。2リッター自然吸気で165psという高性能エンジンも素直に気持ちよく、豪快に吹け上がった。

でも、このときの私はそうした枝葉(?)はすべて横に置いて、とにかくダイレクトなステアリング・フィールに脳天を撃ちぬかれた。フロント・タイヤを素手でワシづかみにするような鮮やかなダイレクト感でいえば、クサラVTSはFF車ではいまだに史上最高の1台と思う。

シトロエンはスポーツ・モデルでも乗り心地は優しいイメージがあるかもしれないが、クサラVTSは正反対。聞くところでは、日本仕様は本国でオプションのハード・サスペンションが組み込まれていたともいわれ、車高は標準より40mmもローダウンされており、ホイール・アーチにタイヤがめり込んだシャコタン感が見た目にも濃厚だった。乗り心地はいかなる基準をもってしてもガッチガチに硬かった(笑)。しかし、超ダイレクトなステアリングに加えて、ほとんどロールを感じさせないままグリングリンと曲がる回頭性にも、私はすっかりやられてしまった。

これ以来の私は、いてもたってもいられない毎日をすごすことになった。雑誌やネットに諸先生方によるクサラVTSの試乗記事が出はじめると、いちいち「なんか冷めた論評だな、おい!」とか「感動がぜんぜん伝わってこないんですけどぉ!」と、ひとり毒づいたりもした。

ただ、 実際に新西武自動車販売(当時)に出向いてクサラVTSを購入することになるのは、それから1年強が経過した2000年春のこと。これを「衝動買い」といっていいのかは分からないが、大磯での血のたぎるような衝動は1年以上、まるで冷めることはなかった。この間にもいろいろなクルマに仕事で試乗したが、浮気心もまったくわかなかった。

ちなみに、クサラVTSの輸入は導入初年の1999年かぎりだったようだ。自分が商談したときも、すでに10数台の在庫から選ぶしかなかった。 「乗り心地がガッチガチに硬いシトロエン」なんて、やはり、あまりにマニアックすぎたのだろうか。

それから私はフランスのホットハッチにハマり、現在はルノー・スポール(R.S.)を追いかけることを勝手にライフワークにしている。現在所有するルーテシアR.S.のほうが、もちろんクサラVTSより圧倒的に速く、安定して曲がる。しかし、さすがのR.S.もステアリング・フィールだけは、あの鮮烈だったクサラVTSの域には達していない。

シトロエンといえば、最近は癒し系クロスオーバーに活路を見出している。それは正しいビジネス判断とは思うが、いつかまた、クサラVTSのようなネジがぶっ飛んだ異端児をつくってほしくもある。

文=佐野弘宗(自動車ジャーナリスト)



(ENGINE2020年7・8月合併号)

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