今年7月、国内で53番目となる隕石が発見された。世の中には隕石探しのプロもいるそうだが、果たして宇宙の石にはどんな値打ちがあるのか? 隕石ハンターを取り上げた名著『隕石コレクター』の訳者である江口あとかさんが解説する。
53番目の隕石
夜空を流れる満月よりも明るい光の筋。2020年7月2日午前2時32分ごろ、関東上空に巨大な流れ星が出現した。火球と呼ばれるその筋は、爆発を繰り返しながら消えていった。数分後には雷のような低音が響いたという。その火球に由来する隕石は同日に習志野市で見つかり、22日には約1㎞離れた船橋市でも発見された。空中で分裂して破片が広範囲に落下する「隕石雨」だったとみられる。
今回の落下は2018年の小牧隕石以来で、国内で確認された隕石としては53番目。名称を「習志野隕石」として、国際隕石学会に登録申請する準備がすすめられている。発見された隕石の約90%を占める普通球粒隕石の一種だと考えられている。これがもし普通球粒隕石ではなく希少価値の高い種類で、新型コロナウイルス感染拡大による入国制限もなかったとしたら、世界中から隕石ハンターが駆けつけたかもしれない。
隕石ハンターは隕石探しのプロだ。隕石の落下や発見の情報が入れば、世界中のどこにでも飛んで行く。どんなに困難な場所であっても、ライバルより先に到着することが肝心だ。金属探知機を携えて幾日も歩き続けたり、地元の人がすでに拾っていないか聞いてまわって価格を交渉したりする。
宝探しには危険がともなう。買い付けのための資金を現金で持ち歩くため、治安が悪い地域では武力組織に狙われて、命からがら逃げ出すことや、許可なく国外に隕石を持ち出そうとした疑いで逮捕されることも少なくない。ある隕石ハンターは、アフリカで背後から喉元にサバイバルナイフを押し当てられ、文字通り身ぐるみをはがされた。生還した彼は「家の中でゆっくりするのが一番幸せ」と話していた。
隕石の価格はさまざまな要因によって決まる。希少性、入手しやすさ、状態、形状、それにまつわる歴史や逸話、科学的重要性などだ。ありふれた普通球粒隕石なら1g50円くらいから、鉄隕石なら1g200円くらいからあり、ネットショップや鉱物店で購入できる。
しかし、月や火星の隕石となれば話は別だ。月や火星に彗星や隕石が衝突し、その衝撃で宇宙空間に破片が放り出され、地球に向かって飛んできて大気圏に突入し、大気とこすれても燃え尽きずに陸地に落下して、それが人間によって発見されるという、数々の偶然が重なった石である。
例えば今年4月、オークション運営会社クリスティーズが2年前にサハラ砂漠で発見された月の隕石を売り出した。アポロ計画で持ち帰ったどの標本をも上回る13.5㎏超えのもので、提示価格が250万ドル(約2億6000万円)ということで話題になった。
最近では美しさも重要になりつつある。その傾向は特にハイエンド市場において著しい。装飾品としての利用も増えており、例えば鉄隕石は、高級腕時計の文字盤として使用されている。多くの鉄隕石には鉄とニッケルの合金が織りなす独特の格子模様があるのだが、その模様は天体の内部で長時間かけて冷却されることで生成されるため、人工では作り得ない。悠久の時を想像させる鉄隕石は、時を刻む時計にふさわしい。
隕石の多くは火星と木星の間にある小惑星帯に由来し、そこで小惑星同士が衝突して、軌道が変わって地球にやってくる。隕石を手のひらに乗せると、望遠鏡で眺めるしかない宇宙が、真に存在する物として感じられる。隕石に魅せられた人はこぞって言う。「宇宙のかけらに手を触れられるとは思っていなかった」と。
文=江口あとか
(ENGINE2020年11月号)
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