昨年1月にアルピーヌ・ジャパンから貸与を受けて長期テストをスタートした87号車の任期が満了。5000kmのマイレージを刻んでフリートを退役した。
この1年間、毎日87号車に乗るのが楽しくて仕方なかった。必ずしも高速道路や山道を飛ばさなくても、ただ街中をゆっくりと流しているだけで、いつもちょっとウキウキした気分になった。その時私はきっと、日常から非日常へと踏み込む秘密のトビラをそっと開けていたのだと思う。アルピーヌA110は、スーパーカーが非日常的な乗り物であるのとは違った意味で、走り出した瞬間にドライバーを非日常へと誘う不思議な力を秘めたクルマなのだ。
その力がどこからくるのか、ということについては、これまでこのリポートでも、それから、エンジン・ホット100スペシャルで21世紀の20年間に登場したクルマのホット1! に輝いた時のまとめ原稿をはじめとする多くの記事でも書いてきた通りだ。すなわち、何よりもまず、軽さとバランスの良さからくる都会の交差点を曲がっただけでも感じることのできる圧倒的なハンドリングの良さ。そして、いたずらにパワーを追い求めず、サーキットより公道での走りの楽しさを追求した結果、得ることができた圧倒的な運転のし易さ。さらにもうひとつ加えれば、見る人が見れば、ひと目でかつてのルノー・アルピーヌA110を想起するであろうし、それを知らない人が見ても、“おっ、このクルマは他のスポーツカーとはちょっと違うぞ”と思わせるに違いない圧倒的なカッコ良さ。そうした要素が稀なことに1台のクルマに凝縮された結果、こんな不思議な力を秘めた現代の奇跡のようなクルマが誕生したのであり、これは間違いなく自動車史に残るクルマだとつくづく思う。
もっとも、いくら楽しくても、毎日乗っていれば、それなりにトラブルに遭遇することもある。87号車は2回、動かなくなってトランポで工場に運ばれた。1回目はオルタネーターの故障。2回目は燃料ポンプの故障が原因だった。いずれも夏の暑い日、とりわけ2回目はサーキット走行後の出来事である。それを考えると、熱に弱いとも考えられるが、2回目のトラブルの際に手助けしてくれたジャーナリストでレーシング・ドライバーでもある大井貴之氏には、“こんな夏の暑い日にこういうクルマでサーキットなんか走っちゃダメだ”とたしなめられた。
なるほど、その通りだ、と私は反省した。そもそもがレーシング・カーでもなく、サーキットより公道での走りを前提として設計されたクルマを、過酷な条件で走らせる必要など何もないのだ。いや、もっと極端なことを言えば、あまりにも暑い日には公道だって乗るのをやめておこうと考えたっていいのかも知れない。
どんなに走るのが楽しいクルマだって、その楽しい走りを実現するために犠牲にしているものがある。このアルピーヌで言えば、たとえば、そのひとつはトランクの広さだ。フロントは薄べったくて、ほとんど何も入らないし、リアだって小ぶりのボストン・バッグひとつ分くらいの空間しかない。それでも、このクルマの走りの魅力が、その利便性の低さを補って余りあるからこそ、これに乗りたいと思うのだ。
それと同じように、1.8リッター直4ターボを運転席の後ろに横置きしているにもかかわらず、これだけ空気が入る穴が少なく(左右Cピラーの裏側の穴しかない!)、空力のために床下もほとんど覆われているのだから、熱に弱いことは想像できる。問題は、そういう弱点と付き合いながらでもこのクルマに乗りたいかということであって、私は躊躇うことなくイエスと答える。
夏の暑い日はクルマを労って、出来るだけ無理な走り方をしないようにするとか、駐車する時は日陰を選ぶとか、昔はそんなことはクルマ好きの間では当り前のことだった。ずっと調子よく乗りたいから、クルマを大切に扱っていたのだ。平成・令和時代のアルピーヌにそこまでの配慮は不要かも知れないが、こういう特別なクルマにはそれなりの気遣いが必要なのは当然のことだ。たとえそういう気遣いが必要であっても、あるいは故障をしたとしても、修理して長く乗り続けるだけの価値があるからこそ、アルピーヌA110は自動車史に残る1台なのだ。きっといつかまた会える、と信じている。
■87号車/アルピーヌA110リネージ
ALPINE A110 LINAGE
新車価格:844万4000円
導入時期:2020年1月
走行距離:5011km
文=村上 政(ENGINE編集長) 写真=柏田芳敬
(ENGINE2021年4月号)
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