ロンドン五輪に出場した難民のグオル・マリアル。その奇跡の半生をドキュメンタリーでたどる。
2012年に行われたロンドン・オリンピック男子マラソン。67カ国を代表する105名の選手のうち、一人だけ“国のない男”がいた。彼の名はグオル・マリアル、28歳。内戦が続くスーダンからアメリカに渡った難民で、当時、代表する国がなかったため、個人参加の特別枠で出場が認められていたのである。
映画『戦火のランナー』は、そんなマリアルの半生を描いたドキュメンタリーである。難民だった少年は、いかにして五輪ランナーという栄光を手に入れたのか? 本人や関係者への取材に加え、アニメーションを使った再現映像を交えながらその軌跡を浮き彫りにする。
1956年の独立以降、アフリカ系の多い南部と、アラブ系の多い北部の間で激しい戦闘が繰り広げられたスーダン。内戦の最中に生まれたマリアルも、9人いたきょうだいのうち8人を戦争で亡くしている。そんな彼が両親の決断により、ひとりで村を離れたのは8歳の時。一時は武装勢力に拘束されながらも命からがら逃げだし、何年も放浪した末にようやく難民キャンプで保護された。彼が難民としてアメリカに渡ることができたのは16歳の時だ。

言葉も分からないまま高校に入学したマリアルは、長距離ランナーとして天賦の才能を発揮し、周囲を驚かせる。数年後、初めて走ったマラソンではロンドン五輪への出場条件をクリア。だが2011年に分離独立したばかりの祖国、南スーダンに国内オリンピック委員会がなかったため、出場は困難となる……。
“走るのは戦地で生き延びるため”。かつてそう考えていた少年は、祖国と家族への想いを胸に、必ずやオリンピックで走ると誓う。そのひたむきな思い、そして彼を支える周囲の温かさには陸上ファンならずとも心を打たれることだろう。
ロンドンのみならずリオデジャネイロ五輪にも出場を果たしたマリアルは、現在、アメリカで所帯を持って暮らしている。そんな彼の奇跡の物語は、人々を熱狂させ、そして感動させる、スポーツの力を改めて我々に教えてくれる。


『戦火のランナー』は6月5日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー。88分。©Bill Gallagher
(ENGINE2021年7月号)