2021.07.13

CARS

720馬力のスーパースポーツカー、マクラーレン720Sスパイダーは、果たして毎日使えるのか?

マクラーレンの通常レンジの中で、最上位に位置する720Sのオープン・バージョンである720Sスパイダーに晴天に恵まれた5月のある日、モータージャーナリストの佐藤久実が試乗した。

ホントは泊まりで遠くへ行きたい

今までに数回、マクラーレン720Sのクーペに試乗する機会があった。だが、それはサーキットのみだとかワインディングだけだとか、かなり限定的なシーンかつ、あくまで短時間のテストだった。

今回は720Sスパイダーに一般道から高速道路、そしてワインディングまで、じっくり乗ることができた。ホントは泊まりで遠くに足を伸ばし、グランドツーリング・カーとしての魅力もたっぷり堪能したいところだが、残念ながらそんな状況ではないので、日帰りでガマン。

ムダの一切ない機能的なフォルムは唯一無二の存在だ。でも、まるで空気をまとっているかのような、流麗なボディ・ラインはけっして無機的ではなく官能的ですらある。

回転式のメーター・ユニットなど、インテリアの基本の造形はクーペの720Sとほぼ共通。センター・コンソールのドリンク・ホルダー後方にリトラクタブル・トップの開閉スイッチとリア・ウインドウの昇降スイッチが備わる。

ボタンを押してエンジンをスタート。どこか、いくら慣れていても、“親しき仲にも礼儀あり”といった感じで一定の距離感が保たれ、けっしてナアナアにはならないような雰囲気がある。その最たる例がドライブ・モードの切り替えだ。サスペンション、パワートレインそれぞれにコンフォート/スポーツ/トラックのモードが選べるのだが、まずはアクティブ・スイッチを押さないと切り替えられない。高いパフォーマンスを備えるだけに、常にドライバーに意思を確認しながら操作をさせる仕組みになっている。無意識にだったり、何かの拍子に気づかないうちにモードが変わってしまった、ということがない。



インテリアは必要な操作系が機能的にレイアウトされておりシンプルだが、マテリアルや作り込みなど、上質感もある。メーターが垂直ではなくわずかに下方にうつむき加減にレイアウトされるのも、視認性を計算し尽した結果だろう。トラック・モードを選ぶとユニットが回転し回転計のみが表示されるようになるなど、機能はもちろん、気分を高めてくれる演出にも抜かりない。

実はマクラーレン720Sに初めて乗ったのは、富士スピードウェイだった。ストレート・エンドでは300km/hオーバーに達するほど速く、スタビリティが高く路面に吸い付くように走る。ブレーキを踏めばリア・ウイングが起き上がって強烈なストッピング・パワーを発生させる。ステアリングを切り込めば、実に気持ち良く曲がる。まさにレーシング・カーをドライブしているかと錯覚するような、F1譲りのテクノロジーが凝縮されたパフォーマンスに心奪われた。



ジキルとハイドもびっくり

そのインパクトがあまりにも強かったのだが、今回の試乗では720Sスパイダーの“守備範囲”の広さに驚かされた。サーキットにおけるレーシング・カーさながらのポテンシャルを備えながら、日常シーンでの快適性もまったく損なわれていない。高速道路を80km/hで走行中のタコメーターの針はわずか1500回転以下。それでも、ちょっとアクセレレーターを踏み込めば、即、猛ダッシュする。コンフォート・モードで走っていれば、アクセレレーターのレスポンスが過敏すぎて扱いづらいということもない。それでも、素早く右足を踏み込めば、7速から4速だとか、望む加速の適正ギアに瞬時にダウンする。これは高速道路の追い越し加速はもちろん、ワインディングでのコーナーの立ち上がりで有効で、タイムラグなく力強いトラクションが得られる。シフト操作なしに右足だけでコントロールが自在にできるのは、イージーかつ楽しい。

荷室容量は座席後方に58リッター、フロントノーズ内に150リッター確保。



カーボンファイバー製のリトラクタブル・トップは50km/h以下で開閉可能。リア・ピラー外側にはルーフ・ラインと連なるようにガラスが貼られ、斜め後方の視界を遮らないようになっている。

ほとんど直線か、操舵量の少ないごく緩やかなコーナーの続く高速道路をクルージングしていても、剛性感が高くいかにもソリッドな、スポーツカーの乗り味やレスポンスを堪能できる。それでいて、サスペンションが滑らかに動いている感覚が、お尻から伝わってくる。驚いたのは、高速の路面の継ぎ目を超えたときだ。フワッと跨ぐほどのストローク感はない。むしろバシッと一撃を喰らいそうな感じなのに、これが摩訶不思議なことに、締まっているのに底づき感がまったくなく、至って快適だった。

サーキットでは強烈なストッピング・パワーを見せていたブレーキも、ソフトタッチで踏めば街乗りでもコントローラブル。その一方で素早くペダルを踏み込めば、速度に関係なくリア・ウイングが立ち上がって制動を助ける。操作のすべてが扱いやすく、ジキルとハイドもびっくりの二面性を持ち合わせている。



そして、このクルマの真骨頂は、オープン性能だ。どんなハイパワーなスポーツカーも、ひとたびトップを開ければスピードや加速の呪縛から解放され、オープン・エア・モータリングを楽しめるというのが私の持論だが、720Sスパイダーは少々異なり、実は屋根を開けていても、このとびっきりのハイ・パフォーマンスを味わえる。エア・フローのしつらえはお見事で、サイド・ウインドウを上げていれば100km/hでも風の巻き込みは気にならない。もちろん軽量かつ高剛性のボディは、トップを開けても何らハンドリングに影響を与えない。つまり一粒で、いや一台で、三度美味しいクルマなのだ。

このクラスのクルマを買う人は、間違いなく複数台を所有しているだろう。快適なリムジンや、機動性の高いクルマなど、シチュエーションに応じてクルマを乗り換えるに違いない。でも、720Sスパイダーは、これ一台でどんなシチュエーションも乗りこなしてしまうほど、オールマイティなスーパーカーだ。

文=佐藤久実 写真=望月浩彦

■マクラーレン720Sスパイダー
駆動方式 ミドシップ縦置きエンジン後輪駆動
全長×全幅×全高 4545×1930×1195mm
ホイールベース 2670mm
トレッド(前/後) 1674/1629mm
車両重量 1470kg(前軸重量620kg:後軸重量850kg)
エンジン形式 水冷V型8気筒DOHCツインターボ
ボア×ストローク 93.0×73.5mm
排気量 3994cc
最高出力 720ps/7500rpm
最大トルク 73.4kgm/5500rpm
トランスミッション 7段デュアルクラッチ式自動MT
サスペンション(前後) ダブルウィッシュボーン
ブレーキ(前後) 通気冷却式カーボン・セラミック・ディスク
タイヤ(前/後) 245/35ZR19/305/30ZR20
車両本体価格 3930万円

(ENGINE2021年7月号)

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