2021.07.30

LIFESTYLE

死後5年を経て発表されたプリンスの完全新作。伝説のミュージシャンが2021年に伝える心震わすメッセージとは?

(C) Kevin Mazur

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2016年4月に57歳の若さで亡くなったプリンス。いまだ多くの熱狂的なファンを持つ伝説的ミュージシャンの完全新作アルバムが発表された。本人にインタビューをしたこともある音楽ライターの内本順一氏が、奇跡のニューアルバムの魅力を伝え尽くす。

お蔵入りしていた傑作

プリンスの新作が7月30日に世界同時リリースされた。タイトルは『ウェルカム・2・アメリカ』。レコーディングされたのは2010年の春なので11年前だが、古さを感じさせないどころか、実は生きていたプリンスが今の社会状況を見て書いたんじゃないかと思えるような曲もある。2021年にリアルに響くメッセージの強さのみならず、各楽曲のクオリティもバンド演奏の力も申し分なく、その上アルバム全体の構成力~トータリティも備わっている。これほどの作品がどうしてお蔵入りとなっていたのかと不思議に思わずにはいられないが、恐らくは作っている最中にも新しいアイデアや別のコンセプト、次にやりたいことが溢れ出てきて、そっちに着手しているうちにリリース・タイミングを逸してしまったということなのだろう。プリンスにはよくあることだ。


表題曲「ウェルカム・2・アメリカ」でプリンスは、雇用についての問題やマスメディアによる情報コントロールについてなどを低い声で(歌うのではなく)語っている。「グーグルが言ってることはどれもイケてないんだ」という一節は、当時の彼の「インターネットは終わった」という発言に連なるものだが、近頃のSNSの閉塞感や行き場のなさにもまた繋がっているように感じられる。「サウザント・ライト・イヤーズ・フロム・ヒア」という曲では社会の分断や人種問題に触れながら「精神的な目標が必要だ」と歌う。社会に対する懸念を表わしている曲がいくつかある一方、ミネアポリスのロックバンドであるソウル・アサイラムのカヴァー「スタンド・アップ・アンド・ビー・ストロング」では「立ち上がって 強くなるんだ」と繰り返し、穏やかで聴き心地のいいラストのソウル・ナンバー「ワン・デイ・ウイ・ウィル・オール・ビー・フリー」では「その日が来たら僕らは自由になれる」と希望を歌う。プリンスがこれをレコーディングした11年前よりも今のほうがもっと問題が山積みで出口が見えにくく感じるが、しかしそれでも精神的な目標を持ち、分断に歯止めをかけて互いを理解し合いながら前に進んでいこう。聴き終えたとき、そんなふうにポジティブな気持ちになれる構成であるのも、このアルバムの素晴らしいところだ。




10曲目「1010(リン・ティン・ティン)」のみプリンスひとりが全演奏を担ったものだが、ほかの曲は全てバンド形態での録音。レコーディングされた2010年は『20Ten』というアルバムが(当初は無料ばらまきの形で)出た年だが、宅録味の強いそれよりも『ウェルカム・2・アメリカ』のほうが遥かに丁寧に作られている印象を受ける。半数の曲で、プリンスと付き合いの長かったMr.ヘイズ(モーリス・ヘイズ)が共同プロデュースを担っている。プリンスのアルバムに共同プロデューサーの名がクレジットされたのは2015年発表作『ヒット・アンド・ラン・フェーズ・ワン』が初めてだったが、その前にこれがあったわけで、つまりプリンスはそれ相応の完成度の高さを求めたのではないかと想像できる。

女性ミュージシャンへの敬意

Mr.ヘイズが鍵盤またはパーカッションで加わっている曲もあるが、演奏の基本メンバーはプリンスとベースのタル・ウィルケンフェルドとドラムスのクリス・コールマンの3人。タル・ウィルケンフィルドは2007年(日本盤は2009年)にソロデビューを飾り、チック・コリアの豪州ツアーなどに参加。21歳でジェフ・ベック・バンドのレギュラー・ベーシストに抜擢され、超絶技巧にキュートなルックスも相まって日本でも人気を獲得した。「音楽をやるときに自分の性別や年齢や国籍なんて考えない。大事なのはソウルよ」と言う芯の強い女性で、プリンスはそういうところも気に入ったのだろう。これは想像だが、プリンスにはタルの創造力と自分のそれを合わせてアルバムを作りたいという思いがそもそもあったのではないだろうか。それくらい『ウェルカム・2・アメリカ』の彼女のベース・プレイは、しなやかさと閃きと高い構成力がある。因みにクリス・コールマンは、プリンスからの依頼でタルがオーディションを行なって選んだジャズ畑のドラマーだ。


シェルビー・J、リヴ・ワーフィールド、エリサ・フィオリロ。少しずつ時期はずれるものの、以前からプリンスのアルバムのバッキング・ヴォーカルを務めたり、プリンスの監督のもとでソロ盤を作ったりしていた3人の女性歌手がほぼ全編で大活躍しているのも、このアルバムの特徴だ。例えば1曲目と2曲目は、プリンスはほぼ歌っておらず、彼女たちの歌声を中心に進んでいく。無防備な80年代ふうロックンロール曲「ホット・サマー」では始まりからリヴ・ワーフィールドが「Oh~、hot summer」(日本語にするなら「あ~あ、あっちいなぁ~」)と歌ってソウルフルなアドリブをかましていくし、次の「スタンド・アップ・アンド・ビー・ストロング」ではエリサ・フィオリロの歌が大きくフィーチャーされる。またゴー・ゴー味もあるファンクの「セイム・ペイジ・ディファレント・ブック」ではシェルビー・Jのラップが曲にメリハリをつける。このように中盤にはそれぞれに花を持たせた曲も並んでいる。


 

「プリンスの好きなところって、例えばどういうところ?」と訊かれたとき、自分がまず挙げるのは、彼が昔から女性ミュージシャンにちゃんと敬意を示し、いつも対等に接していたところだ。例えば『パープル・レイン』などのヒット作を共に作ったバンド、ザ・レヴォリューションのウェンディ・メルヴォワンとリサ・コールマンを、プリンスは単にバックバンドのプレイヤーとして扱うのではなく、表現者として尊重した上で意見やアイデアを曲制作に反映させていた。パーカッションのシーラ・Eに対しても、そのほかいろいろな時期に活動を共にしたシンガーやダンサーに対してもそう。プリンスは自身の活動のなかで、様々な女性ミュージシャンたちに伸び伸びとプレイさせたり、才能を輝かせるサポートをしたりし続けたのだ。プリンスが多大な影響を受けたジェイムス・ブラウンやスライ・ストーンらはそうじゃなかったが、彼は音楽業界の、あるいは社会全体の男性優位主義に対して、ノーと言いきれる活動の仕方をあの時代からしていた。女性の感性と表現と信念がいかに素晴らしいものであるかを、実感と実践を伴わせながら伝え続けていたのだ。

そんなプリンスが最後に組んだのは女性3人のファンク・ロック・バンド、サードアイガールで、プリンス&サードアイガール名義による2014年作品『プレクトラムエレクトラム』では彼女たちに歌わせた曲も収録していたが、その形……つまり必ずしも自分が前に出なくてもいい、女性たちが歌ったり演奏したりすることもまた自分の喜びにも表現にもなるのだという、そういう考え方・あり方の元としてこの『ウェルカム・2・アメリカ』というアルバムがあったようにも思う。そんなことも含め、2021年の人々の価値観や考え方によく合った新作。あるいは困難な2021年を生きる我々に「どうなんだ?」と問いかけ、「ここで諦めるな」と鼓舞してくれる新作だ。



文=内本順一(音楽ライター)

(ENGINE WEBオリジナル)

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