2022.04.15

LIFESTYLE

美術館を埋め尽くすのは巨大な「桜」 現代作家、ダミアン・ハーストの大規模個展はこう楽しむ

ダミアン・ハースト《神聖な日の桜》2018年。

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昨年、パリのカルティエ現代美術財団で開催された現代美術家の展覧会が日本に上陸。「桜」ばかりを描いた巨大な作品群には、作者のどんな思いがこめられているのか?

ショッキングな作品を次々に発表

イギリスを代表する現代作家、ダミアン・ハーストの日本初となる大規模な個展が東京・六本木の国立新美術館で開催され大きな話題となっている。去年、パリのカルティエ現代美術財団で開催された展覧会の作品を、会場に合わせてセレクトし直したものだ。展示室には、巨大な桜の作品が24点。どれも青い空を背景にした、満開の桜である。

ダミアンが古典的なテーマである桜を油絵で描くというのは、アートを知る者にとって驚きだ。現代アートで重要なのは、絵画の技術ではなくアイディアだと気づいた若きダミアンは、美術史に挑戦するようなショッキングな作品を発表し注目の存在になった。この頃の彼を一言で表すなら、「お騒がせ系」アーティストだろう。切断された牛や鮫をホルマリン漬けにした作品は、多くの鑑賞者を不快にさせアートに関心のない人々の話題になった。しかも後年、仔牛の作品が19億円で落札されることに。ダミアンは、最も高額で作品が取引される、現存するアーティストなのだ。



こうした動物のホルマリン漬けシリーズだけでなく、長いこと絵画も手掛けている。白いキャンバスに筆の跡を残さず、カラフルな円を描いた「スポット・ペインティング」は、若い頃を代表するシリーズのひとつだ。

美術史の流れの中で

およそ原寸大で描かれた今回の桜は、満開の桜を見上げたかのような没入感があるもの。展覧会場に身を置くと、なんとも幸せな気持ちになる。しかも、会場の片隅で流れるインタビュー・ビデオでは、これらの作品は自身の過去の作品を引用しつつも新しい試みを行ったと、美術史の流れの中で解説されている。桜を桜らしく見せるために用いられたのは、印象派の点描の技法。しかも戦後アメリカに登場した、絵の具を飛ばす技法も用いられている。かつて筆の跡を残さなかった作風と正反対だ。



彼が桜をモチーフに選んだのは、「子供の頃、母親が桜を描いていた思い出」と大きく関係しているという。人は年齢を重ねると、かくも変わるものなのか。いやいや、動物を切断した作品で世界を驚かせた男の言葉の、裏にあるものも考えるべきだろう。果たしてこの桜は歴史に残る名作なのか? 一枚数億円はするであろう桜の作品が並んだ展覧会は、素直に楽しんでも良いが、現代美術の醍醐味である正解のない答えをあれこれ考察する機会となる、謎解きの魅力も備えた奥深いものだった。

※「ダミアン・ハースト 桜」は5月23日まで国立新美術館 企画展示室2E(東京・六本木)で開催中

Photographed by Prudence Cuming Associates Ltd(C) Damien Hirst and Science Ltd. All rights reserved, DACS

2022
文=ジョースズキ(デザイン・プロデューサー)

(ENGINE2022年5月号)



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