2024.12.27

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落札総額12億3600万円! 世界中の時計ファンが注目したフィリップスのスペシャル・オークション「TOKI-刻-」 日本をテーマにした初めてのテーマセールが大成功した理由とは?

1億414万円で落札された世界に一本しかないパテック フィリップ。

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コロナ禍が終わりを告げ、世界中で人と物の動きが以前の活気を取り戻している。

なかでも日本は、一度は行ってみたい国、いや、もはや一度だけでなく、二度三度と足を運びたい魅力的な国として、多くのツアラーから支持されているのはみなさんもご存知だろう。

円安ということももちろんあるが、それ以上に注目されているのが「日本の習慣や美意識」に根差した文化だという。



2024年の11月22日に香港で行われたフィリップスのオークション、「TOKI-刻-」は、そんな日本の習慣や美意識がヴィンテージウォッチに特別な価値を与えたことを証明する、稀有な時計オークションとして長く記憶に残るものとなった。

時計を得意とする老舗オークションハウスのフィリップスは、これまで数多くのテーマ・オークションを成功させているが、日本をテーマにしたのはこれが初めてだ。





実は日本のコレクターが所有した時計は、世界的に見ても非常に評価が高く、優れたコンディションであることは以前から注目されていた。

それには清潔を好み、物を大切に扱う日本人ならではの習慣と、職人の手作業による丁寧かつ精密な仕事を良しとする美意識が関係している。

が、実はそうした日本人特有の感性を時計ビジネスの世界に持ち込んだ人々がいた。いまから約30年前の1980年代から90年代に日本で巻き起こった機械式時計のブーム。海外の名だたるフリーマーケットやフェアを渡り歩き、日本人独自の目利きでこれぞという時計を買い付け、日本に紹介していた時計ディーラーたちだ。

実はフィリップスは、今回のテーマオークションのために2センチにもなる分厚いカタログを特別に準備している。出品された115点のすべての解説を、普通なら英文のみのところを和文も併記した力作だ。そしてそのカタログの冒頭には、15ページに渡って日本の時計市場を開拓し、優れた時計収集の文化を育てた伝説の時計ディーラーたちの活躍が語られている。





「TOKI-刻-」に出品されたのは、時計が114本。書道家、万美氏による書(カタログの表紙にもなっている「刻」)が1点の計115点。総額6183万6300香港ドル(約12億3670万円)の白熱したビットの裏に、時計ビジネスに情熱を注いだレジェンドたちのバックストーリーがあることを知ると、今回落札された逸品がどんな時計だったのか俄然、興味がわいてくる。残念ながらそのすべてを紹介することは叶わないが、ここではENGINEWEBが特に注目したい10本を取り上げてみたい。

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1本目は日本を代表するブランド、セイコーのクレドールだ。

日本人の独特な感性を表現した美しさの極み
クレドール 叡智
落札価格:3556万円(177万8000HK$)



セイコーが2008年に発表した「クレドール 叡智」は、今回のオークション、「TOKI-刻-」を象徴する日本ならではの美意識に満ち溢れたモデルだ。出品されたのは2010年に発売された世界限定25本のうちの1本。プラチナのケースを纏ったこの時計の写真を良くご覧いただきたい。ノリタケの磁器による白い文字盤には24時間や7日間を暗示したと言われる2、4、7の数字が薄っすらと読み取れる。なんという繊細にして大胆な仕事だろう。パワーリザーブと並外れた精巧さをミニマルな美のなかに静かに閉じ込めた見事な傑作だ。高島屋新宿店の保証書も真新しく、まるで時が止まったままのように美しい。

そしてもう1本、日本で生まれ世界中の人々に親しまれているこのブランドも外すわけにはいかないだろう。

マニア垂涎の誕生35周年記念フルイエローゴールドモデル
カシオ G-Shock ドリーム・プロジェクト”ピュア・ゴールド”
落札価格:2286万円(114万3000HK$)



カシオの卓越した時計エンジニアである伊部菊雄氏の設計による世界で最もタフな時計、G-SHOCK。そのブランド誕生35周年を記念したこのモデルも大きな注目を集めた。耐衝撃性を確保した金無垢ケースを実現するためには10年の年月を必要としたという。小さなネジ1本に至るまで、全ての部材を18Kで製作しているまさに夢のG-SHOCKだ。出品されたのは世界限定35本のうちの1本で、保証書はもちろん、桐の化粧箱、特別に仕立てられた南部鉄器製の急須ケースの状態も素晴らしいものだった。現在も続くドリーム・プロジェクトの原点がこれだ。

ここからは日本の時計蒐集の文化的レベルの高さを証明する日本人コレクターが出品した時計を紹介して行く。

1点もので学術的価値が高い
ユニバーサル 大型クロノグラフ腕時計
落札価格:1524万円(76万2000HK$)



今回のテーマ・オークションで白熱した競り合いで場内を湧かせたのが、日本人コレクターから出品された2本のユニバーサルだ。写真はクロノグラフでこのほかにもう1本3針の腕時計がある。落札までに合わせて1時間近くもかかったというから相当なものだが、注目された理由はこれがどちらも一点物のプロトタイプだったからだ。製造ナンバーが連続していることから同時期に製作されたものと想像されたが、一見するとオーバーサイズ(ケース直径は44.5mmもある)のパイロット・ウォッチのように見えるが実は元になっているのはユニバーサルの極初期のストップウォッチだというから驚く。

このような学術的にも貴重な時計が素晴らしいコンディションで保存されているのも日本市場の特徴だが、保存状態の良さでは次の1本も格別だと言える。

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オークション市場に初めて出品された貴重なデイトナ
ロレックス コスモグラフ デイトナ”ポール・ニューマン・パンダ”
落札価格:6604万円(330万2000HK$)



6600万円という落札価格から、この「ポール・ニューマン・パンダ」ダイヤルのデイトナのコンディションがどれだけ素晴らしかったかが想像できるはずだ。もちろん日本人のコレクターによる出品だが、写真を見て驚くのは、文字盤にほとんど経年劣化が見られないことだ。「ポール・ニューマン・パンダ」に特徴的なバターのような色合いのクオリティは特筆に値する。しかもこの個体が初めてオークション市場に出品されたことも重要で、日本にはまだ多くの貴重な名品が眠っていることを印象づけることになった。

そして名品と言えば次に紹介するパテック フィリップも普通ならオークションには出てこない1本かもしれない。

最も希少なファースト・シリーズのイエローゴールド・モデル
パテック フィリップ 3970
落札価格:6477万円(323万8500HK$)



1986年から1988年まで製造されたファースト・シリーズのなかでも今回出品されたイエローゴールドの個体は1986年に製造された極めて初期のモデルだという。確認されたムーブメント番号の875’004は、875’000から始まる推定100本が製造されたなかの5本目を意味しているが、もし今回のオークションが日本をテーマにした初めての試みでなければ出品されることはなかった。所有者だった日本人のコレクターがこれほどの逸品をなぜ出品したのか? それは日本にある時計コレクションのレベルを世界に示すためだったという。

このパテック フィリップに限らず、今回のオークションでは実に多くのコレクターや時計ディーラーが様々なかたちで協力している。かつて世界を飛び回っていたレジェンドたちと思いは同じで、それが日本の時計市場の質を高めることにもなるからだ。つまりフィリップスが企画した今回の「TOKI-刻-」は、単なるビジネスとは別の、多くの時計好きを惹きつける魅力的なプロジェクトだったというわけだ。

さあ、次に紹介するのはいよいよ今回の最高額で落札されたパテック フィリップだ。

世界に1本しかないパテック フィリップ
パテック フィリップ 5016
落札価格:1億414万円(520万7000H K$)



まず正直に言えば、こんなパテック フィリップが日本にあったとは、と驚かずにはいられない。このプラチナ製のあらゆる複雑機構を兼ね備えたパテック フィリップの貴重さを知れば知るほど、日本の時計市場の豊さ、奥深さを思い知ることになった。そもそもこの個体がRef.5016のごく初期にしかつくられていない、ミニッツリピーターとして崇高な音色を奏でるジャン=ピエール・ハグマン製ケースであることがその価値を最大限に高めている。さらに、この時計がこれまで知られていなかったグレーの色とローマ数字で構成された文字盤を備えていたことがオークションの関係者を驚かせたという。

クルマの世界でもフェラーリやランボルギーニと言ったメーカーの特別なモデルを買うためには、その前に何台もそのメーカーのクルマを買う必要がある。数台しかつくられないモデルは長く信頼された特別な顧客しか買うことができない。このRef.5016も同じようにそうした重要顧客のコレクターが購入し、パテック フィリップがその依頼に応じて追加文字盤として製作したものと推測されている。もちろん市場にはこの個体ひとつしか存在しない。まさに日本の蒐集家のレベルの高さを証明するような1本と言えるだろう。

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日本の時計市場のレベルと言えば、近年目覚ましい発展を遂げている日本の独立時計師の活躍を語らないわけにはいかない。「TOKI-刻-」のカタログでも最終章を飾るテーマとして「加速する国産インディペンデントの新時代」と題してページを割いている。

今回はそのなかからクロノトウキョウ、タカノ、大塚ローテック、そして菊野昌宏の出品作を紹介しよう。

まずは浅岡肇氏が今回のオークションのために製作した2本、クロノトウキョウとタカノから。実はこの2本の収益は、輪島塗業界の復興を支援するために全額が寄付されることになっている。

時を刻み続ける虹色の漆塗り文字盤
クロノトウキョウ グランド Niji”虹”
落札価格:457万2000円(22万8600HK$)



今回のオークションのために浅岡氏が製作した一点ものの逸品。伝統工芸芸術の漆塗りの虹色の文字盤が、日本の職人技の見事さを無言で語りかけてくる。島本恵未氏による虹色の漆を幾重にも塗り重ねる技法は、まるで魔法のようだ。

復活した伝説の時計ブランド
タカノ シャトー・ヌーヴェル・クロノメーター”TOKI”
落札価格:431万8000円(21万5900HK$)



1899年に名古屋で創業し、自社製ムーブメントを搭載した超薄型時計のコレクションをデビューさせながら消滅したブランドを復活させたというだけでも魅力的な物語だが、「TOKI-刻-」のために製作されオークション・デビューを果たした出品作のシャトー・ヌーヴェル・クロノメーターは、21世紀にブザンソン天文台からクロノメーター認定を受けた最初の日本製時計として世界が注目した。文字盤には、日本の伝統色の「朱鷺色」を作用する。

浅岡氏の東京時計精密株式会社は、現在、HAJIME ASAOKA、大塚ローテック、タカノ、クロノトウキョウの4ブランドを傘下に置く。そのなかから次は、浅岡氏と同じくプロダクトデザイナーから転身した片山次朗氏が立ち上げた大塚ローテックが今回のオークションのために特別に製作した1本を紹介しよう。

「TOKI-刻-」のために製作されたセミスケルトンの1点もの
大塚ローテック No.6 東雲
落札価格:1066万8000円(53万3400HK$)



フィリップス・オークションに初出品
大塚ローテック モデルNo.6
落札価格:939万8000円(46万9900HK$)

ビンテージの旋盤を手に入れたことをきっかけに時計製造の道へと進んだ片山氏が立ち上げた大塚ローテック。元プロダクトデザイナーだけあってその発想の自由さから枠にはまらない新しい時計が誕生している。なかでもモデルNo.6はジュネーブ時計グランプリ2024のチャレンジ部門にノミネートされ大きな注目を集めた。今回「TOKI-刻-」のために片山氏が製作したNo.6 東雲も、数十年前の手動の機械を使って丹念につくられている。夜明け直前の空を意味する東雲という言葉の通り、スモークサファイヤクリスタルガラス越しに薄っすらとムーブメントのディテールが見えるデザインは、メカニカルな表現に繊細なニュアンスを与えている。アナログ計測器のようなデザインとレトロなフォントを用いた表示には独特な美学があり、唯一無二の存在感を発揮している。収益の全額が輪島塗業界復興支援に充てられるのは、前述のクロノトウキョウやタカノと同様だ。

さて、最後に紹介するのは最年少の独立時計師アカデミーのメンバーでもある菊野昌宏氏が製作した1本だ。

菊野氏が独立時計師として販売した初めてのトゥールビヨン
菊野昌宏 トゥールビヨン 2012
落札価格:4572万円(228万6000HK$)



年産本数はわずか1本。「時計を通じて人々を幸せにする」ことが時計製作の目的だと語る独立時計師の菊野氏は、その1本をつくりあげるためにすべての想像力と情熱を注ぎ込む。そんな菊野氏の手による今回出品されたピンクゴールドのトゥールビヨンには、実は対になるシルバーのもう1本が存在する。物語は2012年のバーゼルワールドまでさかのぼる。見本市で展示された2本に魅了されたとあるコレクターが菊野氏を支援するためにオークションに出品される予定の2本のうちのシルバーを購入した。が、愛着を持ってしまったコレクターが出品を取りやめ、それを知った菊野氏も対のピンクゴールドを販売しないと決意する。が、それでは菊野氏を支えることにならないと悟ったコレクターは菊野氏の創作資金のためにと、このピンクゴールドも購入したというのだ。

ひとりの時計職人とその職人と思いを共有する支援者の深い絆を象徴する1本というわけだが、これも日本の時計市場が世界に誇るべき成熟した時計文化を有している証と言えるだろう。



今回紹介したたった12本でさえ、これほどのストーリーがあるのは驚くべきことだ。オークションでは115の物語が出品されたわけで、どれほどの興奮に包まれたことか、想像しただけで身震いしてくる。その熱気は相当なものだっただろう。

フィリップスの関係者によると、オークションが終了した直後から、日本をテーマにした次回のセールはいつやるのか? という声が世界中から続々と届いているという。物語は始まったばかりだ。まだまだ夢のある時計が日本には眠っているに違いない。いまから第二弾が待ち遠しい。

◆フィリップスのオークションについて、もっと詳しく知りたいときはこちら!


文=塩澤則浩(ENGINEWEB) 写真=PHILLIPS

(ENGINEWEBオリジナル)

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