フランシス・フォード・コッポラ監督が40年間にわたり温めていた映画がついに完成。現代のアメリカを古代ローマになぞらえた意欲作だが、果たしてその出来栄えは?
『ゴッドファーザー』三部作や『地獄の黙示録』などの作品で、映画史にその名を刻むフランシス・フォード・コッポラ。今年で86歳を迎えた巨匠が、現代のアメリカと古代ローマの世界をシンクロさせた、壮大なる叙事詩の構想を練り始めたのは40年も前のことだ。幾度もの挫折を経験しながらも、所有するワイナリーの一部を売却し、1億2000万ドル(約186億円)の制作費を調達。ついに完成にこぎつけた『メガロポリスは』は、まさにコッポラの執念が生み出した大作である。

21世紀のアメリカ共和国、ニューローマ。この大都市では、享楽に耽る特権階級と貧困層との間の激しい格差が、深刻な社会問題となっていた。名門クラッスス一族の一員であるカエサル・カティリナは、自らが発明した新素材メガロンを使って、誰もが平等で幸せに暮らすことができる理想郷“メガロポリス”を作り上げようとする。だがその前には様々な困難が立ちはだかり……。

カエサルと真っ向から対立する市長のフランクリン・キケロ、巨大な富と権力を持ち、カエサルの後ろ盾となるクラッスス3世、そして彼の思いに共鳴し、そのパートナーとなるキケロ市長の娘、ジュリア……。黄金色に輝く、絢爛豪華な絵巻物のような映像世界の中、様々な陰謀や欲望が渦巻く、ニューローマでの人間模様が描かれる。

かつてコッポラは、巨大なラスヴェガスのセットに莫大な制作費を投入し、自身を破産に追い込んだ『ワン・フロム・ザ・ハート』(81)という作品を手掛けたことがある。本作が漂わす、人工的な世界観は、どこかこの『ワン・フロム・ザ・ハート』に似ている。思い描いた映像を実現させるためには、採算も度外視する、という点においてもだ。

だがようやく完成した映画『メガロポリス』は、厳しい批評に晒されている。実際のところ、古代の哲学者の言葉や、現代アメリカ社会のメタファーなどがふんだんに盛り込まれた作風は、決して見やすいものではない。また眩いばかりの映像世界は、捉えどころのないイメージの洪水のようだ。
それでいて本作に不思議な魅力が残るのは、自分がつくりたい映画は何が何でもその通りにつくる、というコッポラの頑くななまでの姿勢や映画愛が、痛いほどに伝わってくるからだ。そのスケールといい、強すぎる思いといい、こんな映画をつくる監督はいまどきいない。やはりコッポラは偉大なのだ。
文=永野正雄(ENGINE編集部)
『メガロポリス』6月20日(金)よりIMAX(R)ほか全国劇場にて公開。138分 配給:ハーク、松竹
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(ENGINE2025年7月号)