2025.09.23

LIFESTYLE

還暦で秘密基地を手に入れた世界一幸せな男!ポルシェ356のガレージと光と風の家がくれた人生のご褒美

静かな森の中に建つ母屋とそこから眺めることができるガレージ。ここは、緑あふれる空間やそこを通る風、そこからの眺望を活かしたフルタイム勤務を卒業したあとの自分の時間を有意義に使う場所だ。

絵ではなく言葉で

「気持ちがいい」というのは、まさにこのことを言うのだろう。青々と茂った森の中の傾斜地にポツンと現れた母屋と離れ。その間を駆け抜ける爽やかな高原の風に吹かれ暫し眺めていると、建物の外観、敷地内の距離、レイアウト、そして色味や景色などすべてが絶妙で、見事なハーモニーを奏でているのに気がつく。

比較的低いアプローチの玄関からリビングに向かってメガホン状に広がることで、敷地内外でまったく違う表情をみせる母屋。1階はRCだが、杉板打ちっぱなしにすることで温かみのある仕上がりとなっている。

まるで小さなギャラリーのように見える、ガレージとホビールームを合わせた離れ。グレーのガルバリウム鋼板の外壁と大判ガラス、木のサッシを用いることでまるで母屋と同時期に建てられたかのような一体感がある。ガレージの床面は黒っぽく色が入った豆砂利洗い出し仕上げ。側面の大容量ストレージにはアウトドア・グッズのほか、大型の除湿機も備わり、クルマの保管環境も万全。

しかしながら、この2棟は同時に建てられたものではない。小高い丘の上に建つ母屋ができたのは2014年。その下にガレージとホビールームを併設した離れができたのは2021年のことだ。まず母屋を建てた経緯を施主のKさんはこう話す。

「別荘を建てようと、もともとは海のそばで目の前に電線もないような場所を探していました。ところが東日本大震災がきた。そこで海から山に路線変更したんです。その後、土地を探して2回目くらいだったかな? まだ空き地だったのですが、見に来たのが3月で遠くに銀嶺がみえた。それでここしかないと決めたんです」

そこから何人かの建築家を紹介してもらうなかで出会ったのが、セルスペースの早草睦惠さんだった。

「“こんな建物を作ってきました”というプレゼンは二番煎じでつまらない。そんななか、早草さんの答えは“ご希望を聞いてから考えてつくります”というものだった。これは面白いと思い、お願いすることにしました。その後、東京の自宅で我々の生活のスタイルを見てもらって、出来上がってきたのが考え方を示す言葉と建築の提案だったんです」

「母屋は空中を楽しむ場所」というコンセプトに基づき、Kさんがひと目惚れした遠くに稜線が連なる景色を存分に楽しめるリビング。冬の夕方、刻々とオレンジに染まっていく姿は絶品だという。キッチンは床を一段低くし、その前にL字型に広がるカウンターを設けているのも特徴。そして高低差を活かし、離れが2階からの眺望を邪魔しないのも大事なポイントといえる。

タイル張りの2階とは一転、貴重なカリンの無垢材を使った床や階段が温かみを感じさせる1階のライブラリー。階段部分が吹き抜けのようになっている。大きな窓からは離れのガレージが良く見える。ライブラリーの壁の裏側にはKさんご自慢のワインセラーが隣接する。下の写真は2階の洗面所の様子。隣のバスルームは窓が大きく開放するようになっており、半露天も楽しめる。

今も残る資料には「五感で自然の豊かさを体験する場所をつくる」というメインコンセプトとともに、Kさんとのディスカッションの上で抽出したいくつかの要素やフレーズが列記されていた。その意図を早草さんはこう説明する。

「自然とつながる建築。そして住む方が豊かになる、そういう環境を作りたいというのがベースです。そこに住む方の価値観を反映する。この場所は冬になると遠くに山並みが見え、西陽が当たると綺麗だと気に入られたということなので、長い敷地の対角線上に母屋を置いて奥の方が良く見えるように設計しました。その際、なるべく木を残して気持ちのいい風が通るようにも注意しました」

もう1つ面白いのは、濃いグレーの外観やアルミパネルなど自然の中にありながら建物が硬質な雰囲気でまとめ上げられていることだ。

「Kさんとのお話のなかで、別荘っぽくしたくない。ウッディなものはあまり好きじゃない。金属的な硬質な感じがいい、ということでしたのでメンテナンスを優先して外板はガルバリウム鋼板にしました」

比較的低いアプローチの玄関からリビングに向かってメガホン状に広がることで、敷地内外でまったく違う表情をみせる母屋。1階はRCだが、杉板打ちっぱなしにすることで温かみのある仕上がりとなっている。

比較的低いアプローチの玄関からリビングに向かってメガホン状に広がることで、敷地内外でまったく違う表情をみせる母屋。1階はRCだが、杉板打ちっぱなしにすることで温かみのある仕上がりとなっている。

一方でよく見ていくと、硬質でありながらも自然に調和するディテールが、あちこちに隠されている。

「母屋は下がRCで上が木造。離れも木造になっています。ただRCの部分は少し柔らかい感じにしたくて、“杉板打ちっぱなし(コンクリートを打つ時の型を杉板にして、その模様を転写する)”にしています。あと建物の壁や天井にアルミパネルを貼ることで、森の緑が反射して、ぱっと緑色に明るくなるようにしています」

個性的でスタイリッシュな建物なのに、風景の中で浮くことなく馴染んで見えるのは、そうした配慮があってのことなのだ。

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