週末の中央道の下り車線はずっと混み合っていた。調布から上がって、談合坂、初狩、釈迦堂と休憩ポイントを探しながら空の様子をうかがいつつ走るが、雲は厚いままで、日は差してこない。境川、双葉を越えてもゆるゆると走り続け、中部横断道路との分岐を過ぎると、ようやく制限速度くらいで巡航できるようになった。

前車との空いた車間を詰めようと、ここまでずっと触らなかったステアリング・ホイール右スポーク付け根にあるダイヤルに指を伸ばし、走行モードを確かめる。COMFORT、GT、SPORTと三段階の切り替えが可能だけど、足まわりは純機械式だから、基本的に高速巡航時に大きく印象に差が出るのはステアリング・フィールとアクセレレーターの反応のみ、ということは確認済みだ。
ついつい踏み込みたくなる
デフォルトのGTのまま、右足をぐっと深く踏み込んでみる。ちょっとむずがるような音を立ててながら、エッセンツァはスムーズに車速を伸ばしていく。お! っと思うくらい反応そのものはシャープだ。

グレカーレの直列4気筒ターボ・エンジンはフィアットのマルチエア・ユニットをベースに、48ボルトのスターター兼発電機であり、さらにはアシスト・モーターとして働くいわゆるマイルド・ハイブリッド・システムと、eBooster(=eブースター)と呼ばれるターボチャージャーへ圧縮空気を送り込む電動コンプレッサーを組み合わせている。これがイイ。日本の高速道路の流れくらいであれば、間髪入れずにその力を発揮する。体感的には300psと450Nmで1.9トン、という数値以上にスムーズで速いから、ついつい踏み込みたくもなる。エッセンツァの元になっている“GT”、つまりグラントゥーリズモというグレード名にふさわしいパワートレインだ。
諏訪で高速を降りて、緑の深く厳かな雰囲気の諏訪大社で撮影を終え、もう引き返そうかと考えていると、次第に山の方の空が明るくなっていくのに気がついた。チャンスだ。ワインディングはまだ試せていない。過去に通った記憶を頼りに諏訪湖を横目に市街を抜け、一気に山を駆け上がり、ビーナス・ラインを抜けるルートを目指す。
本来の居場所はここだった
旧い民家の連なる細い道を抜けると、長い登りがずっと続くつづら道だった。ところどころ霧は出ているが、視界を妨げるほどじゃない。指先でダイヤルを回し、走行モードをはじめてSPORTへと切り替える。パドルをはじいてマニュアル・モードを選び、一気に回転数を上げる。

ずっとむずかっているようなエンジン音が、叫ぶようなサウンドへと切り替わったのはこの時がはじめてだった。かつてのマルチ・シリンダーのマセラティたちのように歌う、とまではいかないけれど、バイパス・バルブが開いたのだろう。打って変わってドスのきいた、明らかに迫力のあるものへと変化した。

いいぞいいぞ、と思いながら次々やって来るタイト・コーナーを抜けていく。グレカーレとプラットフォームを同じくするアルファ・ロメオのジュリアやステルヴィオほど切りはじめの反応は鋭くはないけれど、ステアリングの感触はリニアですごく気持ちがいい。
アルファたちのようにグリップがもう少し細身で、そっと操作する仕立てのほうが好みだし、このパワーユニットには合っている気もするが、上位のV6搭載モデルなどの兼ね合いを考えると、ぐっと力を入れて握るには丁度いい太さかもしれない。

もともと車体感覚も掴みやすいほうだったけれど、対向車に気を遣うようなところでも、速度を上げていくとクルマが一回り小さくなって、一体感が増していくかのようで、気兼ねなく飛ばせる。

グレカーレの駆動方式は基本後輪駆動で、必要に応じてトルクを前輪に流すオンデマンド式の4WDだ。駆動系の切り替わりをモニターに表示させて視界の隅で捉えつつ走ると、コーナーの脱出時などのほんのわずかな瞬間を除いて、ほぼ後輪だけに力を与えているようだ。ぐっと後ろから強く押し出す感触と、雑味のないステアリングの感触。いやはや背の高いSUVというよりも、なんだか後輪駆動のスポーツカーに乗っているみたいだ。
そして、何よりもこうした峠道で印象があらためられたのが足さばきだ。大きく荷重移動を繰り返すような状況に、ぴたりとフォーカスが合っている。
街中や巡航速度の低い中央道における、路面の凹凸をやや敏感に拾う傾向はどこへ行ったのか。絶対的なグリップそのものは高くはないのだけれど、強い入力に対してきれいに追従し、かつフィードバックが的確だから、自信を持って踏んでいける。

峠の前半は雲海も見えていたのだが、日が差してくるのと同時に姿を消し、一気に遠くまで見渡せるようになっていた。

スーパーセヴンやアバルト500のようなホットハッチたちが、ミーティング会場へでも向かうのだろうか、あちこちで連なって走っている。そんな集団に追いついては、後ろからオーナーに愛されている綺麗な趣味車たちを眺めることを繰り返していると、あっという間に白樺湖畔に辿り着いてしまった。

けっきょく僕は撮影も兼ねつつ、このグレカーレ・エッセンツァの足の仕立てをぞんぶんに味わうべく、貴重な日差しのもとで、ビーナス・ラインを何度も往復もし、周囲の峠道もたっぷり堪能したのだった。
それほど足の仕立てもエンジンの音色も、明確にこうした峠道を飛ばしてこそより光り輝くものだったのである。

グレカーレは背の高いSUVだからどうしても多用途に使いたいと考える人も多いかもしれない。実際、積載性も十分だし、後席空間もたっぷりしている。
内外装のスタイリングも配色も、登場から多少歳月を経たとはいえ、ぜんぜん古びた感じはしないし、その大人びたセンスはとても好ましい。
けれど少なくとも試乗したエッセンツァに関していえば、けっこうフォーカスを絞った、スポーツカーの域になかなか近いところにいる、通好みの1台だと、僕は思う。
■マセラティ・グレカーレ・エッセンツァ
駆動方式:フロント縦置きエンジン4輪駆動
全長×全幅×全高:4845×1950×1670mm
ホイールベース:2900mm
車両重量(前軸重量:後軸重量):1890(970:920)kg
エンジン形式 水冷直列4気筒SOHCターボ+ベルト駆動式スターター・ジェネレーター・モーター
排気量:1995cc
最高出力:300ps/5750rpm
最大トルク:450Nm/2000-4000rpm
トランスミッション:8段AT
サスペンション(前):ダブルウィッシュボーン/コイル
サスペンション(後):マルチリンク/コイル
ブレーキ(前後):通気冷却式ディスク
タイヤ(前後):235/55R19
車両本体価格(税込):990万円
文=上田純一郎(本誌) 写真=岡村智明