2026.01.10

CARS

「スポーツカーは人生そのもの」藤島知子とポルシェ718ケイマンGTS 4.0

「2024年、10台目の愛車としてポルシェを購入した。時代の変化を受け止めながらも、生粋のスポーツカーとしての理想を貫くポルシェは永遠の憧れだった。ようやく辿りついた私のファースト・ポルシェはケイマンGTS4.0」

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10台の愛車のうち5台がスポーツカーというモータージャーナリストの藤島知子さん。記念すべき1台目は運転免許を取得したとき、「絶対に買う」と決めた3代目RX-7だった。そして今、念願のファースト・ポルシェを入手。彼女のスポーツカー・ライフはまだまだ続く。

はじまりの1台

私が20代のとき、もしもマツダRX-7を購入していなかったら、きっと、今とは全く違った人生を歩んでいただろう。



幼いころからクルマに興味を持っていた私は幼稚園バスから周囲を走るクルマを眺めるのが好きな子供だった。小学生になると、通学路にあった鈑金塗装屋さんに寄り道するのが日課になっていた。今考えると、毎日クルマを見に来る小さな子供を快く迎えてくれたショップのお兄さんのおかげで、さらにクルマへの興味が深まったのだと思う。

しかし、クルマを眺めるのは好きだったけれど、運転席は父親だけが座る聖域という印象があったせいか、私は18歳を過ぎても運転すること自体に興味を持たなかった。周囲の友達は当たり前のように免許を取得していたが、我が家はあまり裕福な家庭ではなく、免許取得のお金をもらえなかったこともあり、教習所に通うことはなかった。その当時の私にとって自ら運転することは現実的ではなかったのだ。

社会に出てしばらく経ったある日、女友達のクルマで自宅まで送ってもらった道中で「そういえば私、なんで免許を持ってないんだろう?」と運転しない自分に気付いた。それをキッカケに教習所に通い詰め、わずか2週間ほどで運転免許を取得した。

クルマが運転できるようになったら、メカニズムも運転の仕方もろくに知らないくせにRX-7が欲しくなった。他のクルマとは比較にならないほど低いフロント・フードなど、ストイックなオーラを放つ美しく儚げに佇むスタイリング、なかでも最終型で設定されたイノセントブルーのボディカラーがあまりにも印象的だった。そんなRX-7に心を奪われた24歳の私は無謀にも「あのクルマを買おう」と心に決めたのだ。

ブラックに浮かぶLEDライト、サテンブラックの20インチ・スポーツホイールと赤キャリパーがグレーのボディに映える。短いホイールベースとミドシップがもたらす回答性の良さと軽快なハンドリングはRRの911とは異なる挙動をみせる。

最初に所有したのは知人に安価で譲ってもらったポンコツのオペル・オメガ・ワゴンだった。このクルマで車両感覚に慣れた半年後、頭金の100万円を手にディーラーを訪れ、遂に5年ローンで新車のRX-7を購入する。

RX-7は数ヶ月後に納車された。ご存じの通り、RX-7はかなり本格派のスポーツモデル。ロータリー・エンジンは低速域でのトルクがひと際薄く、すぐにエンストしてしまう。教習車のクラウン・コンフォートの運転さえおぼつかなかった私にとってRX-7の運転はハードルが高く、転がすだけで精一杯。当時のMT車はヒルスタートアシストなんて機能は付いていなかったので、坂道発進で意を決して半クラッチを繋いでいたことを今も甘酸っぱい青春の1ページのように思い出す。

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