加賀藩の頃から地域経済とともに進化してきた伝統工芸の数々。 能登半島地震によって技術、インフラに大きなダメージが。 解決策として生まれた“規格外品の融合”が脚光を浴びている。
石川県は今も多くの伝統工芸が盛んだ。その源には江戸時代に地域を治めていた前田家の先見の明がある。加賀藩は工芸を単なる文化ではなく、経済的な資源として位置づけており、職人の育成や原材料供給を積極的に支援していた。さらに全国の工芸品を集めた「百工比照(ひゃっこうひしょう)」という研究も行われるなど、技術の探求にも熱心だった。
当時から金沢が文化的に成熟した都市だったため、風流さを尊ぶ下地が需要を喚起したことも大きかっただろう。結果として九谷焼、輪島塗、金沢箔などが現代まで生き続けることになる。

とはいえ、すべてが安泰なわけではない。地域の過疎化、職人の高齢化などから、いくつかの工芸は存続が危ぶまれていた。そうした負の側面が一挙に露わになったのが、他ならぬ2024年元日に起こった能登半島地震だ。
異なる工芸をつなぐ多様性の絆
株式会社CACL(カクル)代表の奥山純一氏は、障がい者就労支援と共にアートプロジェクトを手掛けている。能美の九谷焼の工房を訪れた際、廃棄される規格外品を目にし、再利用の可能性を考えるようになった。地震で能登半島の工房が大打撃を受けると、多くの珠洲焼が破片となり、輪島塗の職人も仕事を失った。奥山氏は自社の九谷焼の工房を開放し、それぞれの職人たちが腕を振るう拠点をつくる。生まれたのが、工芸同士を横断するコラボレーションだった。

もともとあった規格外品のほか、破損した九谷焼や珠洲焼の陶磁器片を輪島塗の漆によって継ぎ加工し、新たなオブジェ(作品)やプロダクトとして再生。これまで交わることがなかった技の掛け算は新しい価値を生み出し、美術館で作品として展示されるほか、ホテルや住宅機器メーカー、ファッションのハイブランドからの製作依頼が相次いでいる。

奥山氏はKAKERAとしてブランディングし、プロジェクトの意義をこう語る。「災害で地域の疲弊が早まったのは事実です。だからこそ課題も見えてきた。それにどう向き合うべきか、私たちが考えるべき機会になったと思います」
分断されたものをつないでいく多様性が解決策のひとつだと言う。令和のイノベーションが江戸時代から育まれた伝統工芸をどのように窯変させるか。北陸の地の新たな試みは、日本のこれからを占うヒントにもなりそうだ。
文=酒向充英(KATANA)
(ENGINE2025年12月号)