大きなワンルーム空間
一方、この家のメインの空間である2階のリビング・ダイニングルームは、竣工当時とほぼ同じ姿をしている。基本は、9m四方の大きなワンルーム空間で、内部がキッチンになった高さ2m の木製の“ボックス”がある以外は何も存在しない。ところがこのボックスがあることで、大きな空間がリビング、ダイニング、キッチンのエリアに自然と分かれていくのである。しかもボックスには空調が仕込まれ、扉を開ければ、棚に並んだテレビやオーディオ、日用品など、普段の生活に欠かせないものが現われる仕組みになっている。

インテリアも、50年前と基本的に同じで、29歳の時に、「50歳の自分にとって居心地のよい空間」を想像してコーディネート。それには声楽家である母親の「男性は流行を追うのではなく、時代より一歩遅れているくらいのセンスが丁度良い」との教えに従うところが大きかったと横河さんは話す。一人掛けのソファーも新築時に購入したもの。布地を張り替えながら、引き続き愛用している。「私も50歳をとうに過ぎてしまいましたが、今でも十分に心地よい」空間だ。

シンプルな構成だがよく練られた設計で、ベランダ上部には長さ1.5mの庇が設けてある。この長さは夏の直射日光は遮るが、冬の朝日を屋内に導くように計算されたもの。取材したのは11月下旬だが、朝の7時台には上の写真のような光が屋内に届いていた。ダイニングは、ちょうどこの光が見える位置にある。毎日この朝日の煌めきを見ながら過ごしたなら、それだけで人生は豊かなものになるだろう。
2台目が難しい?
クルマ好きで88歳まで運転を楽しんでいた父親からの影響が少なくないと話す横河さん。父親はダッジや、プリンス・スカイラインGT-Aなどに乗っていたが、特に1950年代の丸みを帯びたデザインのメルセデス・ベンツ(W120系)の印象が強く残っているという。
そんな横河さんが現在所有するのは、15年間乗っているアストンマーティンV8ヴァンテージと、この夏届いたBMWアルピナB4グランクーペの2台。常々ゴルフや遠出の時に乗るGTカーと、小さいがよく走る街乗りのためのクルマの2台持ちの組み合わせがベストと考えてきた横河さんが、今の2台に落ち着くまでの変遷が興味深い。

まずヴァンテージは、「美しいうえに走りが良いことに加え、ゴルフセットを2つ縦に積むことができる」のが、長く乗っている理由。けっしてアストンマーティンに強い執着があるわけではない。
その相棒となる小さなクルマは、何度も変わった。最初の1台は、イタリアで運転して感銘を受けたアルファ・ロメオ・ミト。ところが、日本では思うような走りをせず、フィアット500を経て、アバルト695に暫く乗る。アバルトは、走りは良いのだが荷物が積めないのが難点。そこで、荷物が載るミニJCWクラブマンに乗り換えるも、自分好みの走りではない。そこで最後の自社開発モデルということもあり、入手したのがアルピナである。走りは本当に楽しいのだが、少し大きいのではとか、ディーゼルモデルの方が良かったかもしれないと思うこともあるそうだ。2台目の選択は、なかなか悩ましい。
横河さんのクルマ選びは、感覚的な走る楽しさと、使い勝手の良さの両立を重視したものである。この考え方は、横河さんの建築に通じる部分が少なくない。美しい瞬間や家族との時間を楽しむための、随所に工夫を盛り込んで設計された横河邸。特別に変わったところはないようでありながら、ここでの生活が何より大切と思わせてくれる、住宅とはどうあるべきかの本質が詰まった家だった。
構造:RC
規模:地上2階敷地面積:348.45平方メートル
建築面積:97.50平方メートル
延床面積:161平方メートル(現在)
竣工:1978年所在地:東京都設計:横河設計工房https://www.kenyokogawa.co.jp/
文=ジョー スズキ(デザイン・プロデューサー)写真=田村浩章
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■横河健:1948年、東京生まれ。慶應高校から同大学法学部への進学が内定していたが、美大で学ぶことを希望し日本大学芸術学部美術学科へ。卒業後はデザイナーとして黒川雅之の事務所に勤務するも、建築に関心が移り友人らと設計事務所クレヨン&アソシエイツを共同主宰。以来、建築設計を中心に活動。82年に自身の事務所を設立。日比谷公園前派出所、大江戸線汐留駅・大門駅、グラスハウス(岡山県)などの公共施設を手掛けるとともに、数多くの住宅を設計する(写真)。受賞歴多数。近著に『美しい住宅へ』(左右社)がある。
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