“最新のポルシェが最良のポルシェ”と言うけれど、これほど高くなっては、新車にはおいそれとは手が出せない。一方で、中古の空冷911が異常な高値をつけているのはご承知の通り。けれど、絶望することなかれ。こんな手もあります、の実践篇です。エンジンが創刊した2000年当時、ポルシェ911カレラ(996型)の新車価格は990万円(6MT)だった。それが現行の991型では1244万円(7MT)。なんと25%以上も高くなっているのだ。むろん、「最新が最良」であり、その性能の進化ぶりを考えれば、決して不当な値上げではないとは分かっていても、乗り出し価格が1300万円を超えるクルマをポンと手に入れられる人はそう多くはないだろう。そうなると、先立つものはないけれど、どうしても911に乗りたいという多くのポルシェ好きは中古を狙うしかないわけだが、ここ数年の空冷911の価格高騰ぶりは異常そのものだ。クラシックの領域にあるナロー・モデルならともかく、10年前には200万円台から買えたビッグ・バンパーや964までもが、軒並み2倍3倍になっているのだから、こちらもあまりに敷居が高くなってしまったと言わざるをえない。そこで今回のポルシェ特集を組むにあたって編集部で浮上したのは、それでも911に乗りたい人の参考に資するために、いま、最も安く手に入る最初の水冷モデルの996ないし997前期型の911を編集部で実際に購入し、長期リポート車として毎日使ってみてはどうか、という案だった。むろん、大のポルシェ好きの私が賛成しないわけはない。さっそく担当役員にも企画を上げると、こちらもゴー・サインが出て、編集部を挙げての中古911購入プロジェクトがスタートした。当然、クルマ選びにも気合が入る。短期間で納得できる中古911を見つけるべく、あらゆるツテを使って探し始めたのは、2月半ばのことだった。
最初に当たったのはポルシェ中古車探しの王道、正規ディーラーであるポルシェ・センターの認定中古車だった。しかし、すぐに難しいことがわかった。ポルシェ・センターには996型が出ることは滅多になく、一番安いもので997前期型の500万円あたりから。しかも、ほぼすべてがティプトロニックS仕様でマニュアルが出ることは稀にしかない。はじめは実用という観点で考えればティプトロでもいいと考えていたのだが、編集部で議論を重ねるうちに、いや、これまで記事にしてきた内容を考えたら絶対マニュアル、しかも認定中古車を買うなんて、大名じゃあるまいし、読者には納得できない話だろうという結論になった。そうこうするうちに、「エンスーの杜」という個人売買を取り持つウェブサイトに、マニュアルの2005年式のカレラ4Sが売りに出ているのを発見。内容や写真を見ても程度の良さそうな個体だったので連絡を取ったところ、すぐに返事が来て、埼玉県に住むオーナーの元を訪ねて、見せてもらうことになった。
わざわざオーナー氏がその日の早朝に洗車してくれたアークティック・シルバー・メタリックのカレラ4Sのボディは、12年落ちで走行8万2000kmとは思えないほどに美しい輝きを保っていて、パッと見て佇まいがシャキッとしていることに何よりも好感を持った。オーナーはこ のクルマを、昨年秋に専門店から購入したのだという。それをわずか半年で手放すことにしたのは、二人目のお子さんが生まれ、もっと大きなクルマが必要になったからだとか。整備手帳を確認すると、昨年夏まではワンオーナーで、ずっとポルシェ・センターで整備されていたことがわかった。よくよく観察して見る と、ボディやホイールにいくつかの補修跡があるのが発見できたし、フロントのリップ・スポイラーの下部がガリガリに削れているのも確認できた。しかし、そんなのは些細なことで、全体がシャキッとしていればあまり気にする必要はないだろう。内装を見ても、ダッシュボードの中央にナビのアンテナかなにかの剥がし跡がついていて、決して新車のような美しさを持っているわけではない。しかし、シートのヤレ具合など は、8万2000kmを走った割に、これまたシャキッとした感じが残っているし、室内にこもっている空気も悪くないと感じられた。オーナーの好意で試乗もさせてもらった。走りっぷりも悪くなかった。走り始めてすぐに、ああ、996のカレラ4Sってこんなに重厚な乗り味のクルマだったんだな、と思い出して感慨深いものがあった。重いステアリング・ホイールの操舵感。ペダルの感触にも岩を踏んでいるような重厚感がある。それでいて、エンジンの吹け上がりや全体的な乗り味にはしっとりとした湿り気を帯びた感触がある。昨今の911のパキパキとしたドライな感触とは違う、昔のポルシェのいい味が出ている。まるで空冷に乗っているような感覚で、想像していた以上に、クラシックの領域に入っていると思った。足まわりの感触も、昔のポルシェそのものだ。硬いフロアを持ち、ドシン、バタンと路面の荒れを押さえつけていくような走り。ダンピングが物凄く良く効いているから、揺れは常に一発で収まって、まったく不快感はない。997型で可変ダンパーのPASMが導入される前の911はこういう走りだったと思い出した。懐かしい。かなり欲しくなったが、気持ちを抑えて、検討する時間をもらってその日は帰った。その後、いろいろと調べて、この個体がまだクラッチのオーバーホールをしていないことや、当て逃げにあってリアのバンパーとフェンダー部分の板金修理をしているらしいことがわかった。板金修理はともかくクラッチは早晩、交換の必要が出てくる可能性が高い。そのほか、リップ・スポイラーや飛び石でかなりの傷がついていたフロント・ガラスも交換を視野に入れなければいけないと考えると、320万円くらいで購入するのが適切ではないかと考え、「エンスーの杜」を通じて、その値段なら買いたいとオーナーに伝えてもらった。その結果、オーナーの返答はノー。値段の溝は埋まらず、一度は諦めることになったのだ。それからもクルマ探しを続けて、業者を仲介してオークションで落とすことも考え、実際に指し値をして依頼してみたりもした。しかし、思うような価格で欲しい個体を落とすのは、とても難しいことがわかった。そもそも、こちらが望んでいるような条件の個体自体が、オークションに出ることさえほとんどないのだ。仕事で海外を飛び回ったりしているうちに、あっという間に時は流れていく。996カレラ4Sを断念してから一カ月経ったところで、その個体がまだウェブ上に売り出ているのを見て、再び問い合わせをしてみた。すると今度は340万円なら売ってもいいという答えが返ってきた。 さらに編集部で検討を重ね、役員とも相談した結果、私に決断を一任してもらうことになり、結果として、私はこの個体の購入を決めた。4月23日の引き取り時の走行距離は8万2385km。翌24日に練馬の自動車検査場に自分で持って行き、名義変更とナンバー登録を済ませた。新ナンバーの「79」は、このクルマが長期リポートの79号車となることに由来するもので、希望ナンバーの申請手続きをして取得した。購入後、海外出張で乗れない時を除いて、ほぼ毎日、79号車に乗っている。撮影で二度、箱根の峠道にも赴いた。そして、乗れば乗るほどに、このクルマの独特の重厚感や安定感、そして、しっとりとした感触に魅せられつつある。これまでに700km弱走って、コンピューター上の平均燃費は7.1km/リッター。この時代の高性能車としては悪くない数字だろう。今後、ボディや内装の磨きと補修をハイランダーに依頼することにした。そのほか、やりたいことは山ほどあるが、とにかくじっくりと濃密に79号車と付き合って行きたい。■79号車/ポルシェ911 カレラ4S(996型)PORSCHE 911 CARRERA 4S駆動方式 エンジン・リア縦置き4WD全長 x 全幅 x 全高 4435×1830×1295mmホイールベース 2450mm車両重量 1520kgエンジン形式 水平対向6気筒DOHC24バルブ排気量 3595ccボア×ストローク 96.0×82.8mm最高出力 320ps/6800rpm最大トルク 37.7kgm/4250rpmトランスミッション 6段MTサスペンション(前) マクファーソン式ストラット/コイルサスペンション(後) マルチリンク/コイルブレーキ(前後) 通気冷却式ディスクタイヤ(前/後) 225/40ZR18/295/30ZR18中古車価格(新車価格) 340万円(1244万2500円)文=村上 政(ENGINE編集長) 写真=柏田芳敬(ENGINE 2017年7月号)▶︎次の記事♯02 磨きのプロにガラス・コーティングを依頼▶︎過去の連載一覧ポルシェ911カレラ4S(996型)長期リポート 記事一覧
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