「バンッ」という大きな爆発音がして、アッという間に実験は終わった。辺りにはひしゃげたバンパーや鉄片、パーツ類が飛び散っている。いつ見てもクルマの衝突実験はすさまじく、背筋がゾッとする。固定障害物に80km/hで衝突させるオフセット・クラッシュのテストだったが、実験車両のフロントは、ここまで潰れるのかと思うほどグシャグシャで、これがXC90と言われてもわからない状態だった。ボルボは3月20日、月はじめに2020年以降のすべてのボルボ車の最高速度を180km/hに制限すると宣言したことに続いて、安全にかんする重要な施策の発表を、世界中からメディアを集めてイエテボリで行った。公開衝突実験は、その発表イベントの最後のプログラムとして行われた。重要なのは、この実験がたんにボルボの優秀さを証明するためのものではなく、いまいちど安全について考えてみるべきだという、発表に立ち会ったメディアに向けてのメッセージでもあったということだ。ボルボはいま、それほど安全について危機感を持っている。
日本の交通事故の死者数は年間3700人ほどで推移しており、長期的に減少傾向にあるが、世界的にはまったく楽観できない状況にある。WHO(世界保健機関)の発表によれば、毎年135万人が交通事故で命を落としているという。これは24秒に1人が事故死していることになる。さらに2016年の統計によれば、直近の3年間で10万人も増加しているのだ。
ボルボは2008年に、2020年までにボルボ車の交通事故による死亡者、重傷者をゼロにするという「ビジョン2020」を発表したが、達成計画年に実現することは不可能だということを十分認識しているという。今回の一連のボルボの発表は、目標達成の障害となっている主要な事象を明確にし、自社のみならず自動車業界全体で取り組む必要性を訴えるものだった。ボルボによると、その障害は3つある。ひとつは「速度超過」だ。一定の速度を超えると、もはや安全装備やクラッシャブル構造では対応しきれないというもので、先に発表された180km/h制限はこうした問題に対応するひとつの方法だと考えられている。ただし、これは自動車業界、特に欧州のメーカーにとっては諸刃の剣でもある。最近でこそ250km/hでリミッターが作動するクルマが多くなっているが、ドイツのアウトバーンには現在も速度無制限区間があり、高速走行性能の高さがクルマの大きなバリューになっているからだ。
そうしたことを理解した上で、さらにボルボが提唱するのは「スマート・スピード・コントロール」という考え方だ。これは、GPSを使って病院や学校周辺などの特定区域に入ったクルマに速度制限をかけるというもので、自動運転とも関連する技術として注目されている。実際に発表会場でシミュレーターで試してみたが、知らない街や不案内な道で不測の事態を避ける方法として有効だと思った。また、特定のドライバーの速度を制限する方法として、「ケア・キー」の導入も予定されているという。これは、運転経験の浅い家族や友人に自車を運転させる場合に、キーを介して任意に速度制限を行うことができるというシステムで、現在もすでにオプションとして使用できるモデルもある。
もうひとつは「飲酒や薬物使用による酩酊」だ。日本でも飲酒運転は警察によって厳しく取り締まられているが、それでも死亡事故の原因として無視できないという。北米ではすべての交通死亡事故の約30%が飲酒や薬物による酩酊が原因とされ、深刻な問題になっている。これに対してボルボは、2021年から製造される次期プラットフォームを採用する車両のすべてに車内カメラを設置し、今後さらに検討を重ねた上でセンサーと連動させてドライバーの状況を監視し、酩酊状態と判断した場合は警告し、警告に反応しない場合は運転に介入して速度制限を行い、最終的には車両を停止させるという。監視という言葉には正直、抵抗がある。が、同じ技術で対応できる、3つめの障害としてあげられている「注意散漫」の場合を考えると、有効な技術だと思った。たとえば居眠り運転や急病による意識喪失などは、現在でも頻繁に起こっている。ドライバーをモニターすることはプライバシーの問題もあるが、今後は必要になっていくと思った。
今回のボルボのこうした発表は、ボルボだけでは解決できない問題に、業界全体、あるいは社会全体で取り組んで行こうという提案でもある。「いまできることを考え、行動を起こすことが必要だ」と。そのためにボルボは、自社で蓄積してきた膨大な事故調査データを元に作成した100件を超える安全にかんする研究論文を、無償で公開することを決めた。3点式シート・ベルトからはじまったボルボの安全技術のすべてがこうした研究開発から誕生したことはいうまでもない。ボルボはそれだけ真剣だというわけだ。
文=塩澤則浩(本誌) 写真=ボルボカー・ジャパン
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