フェラーリはこの春、ジュネーヴ・ショウで、488GTBの直接後継モデルとなるF8トリブートを発表した。マクラーレン720Sへのマラネロからの回答とも言うべき性能を携えた次世代2座V8モデルだ。それからわずか3カ月しか経っていないのに、次なる新型車を本拠地マラネロで発表するという。
本誌はそこに出席するチャンスを得て、イタリアに飛んだ。発表日前日、ディナーの前にフェラーリ・ミュージアムを見学するプログラムが組まれていた。そこではスクーデリア・フェラーリの創設90周年を祝う特別展示が開かれていたのである。
館内へ進むと、そこに待ち受けていたのは、跳ね馬の歴史の中心にあり続けてきたキラ星の如きレーシングカーの数々だった。なのだけれど、館内のある一角へ来ると、288GTOに始まった限定生産ハイパー・カーの展示がある。288GTO、F40、F50、エンツォ、FXX、ラ・フェラーリ、FXX・Kと連なる。その後に488GTBなどもある。ラ・フェラーリは自然吸気V12に、当時のF1由来のKERS(運動エネルギー回生による電力で電動モーターを駆動して加速器として使う)を投入したモデルだった。しかし、なぜにその最後に488GTBなのか? F8トリブートが未だ量産開始前だということはあるにしても、限定少量生産超高性能モデル群のあとに最量販モデルを添える、その意図が分からなかった。
翌日、フィオラノ・テストコース内の特設会場で新型車の発表に立ち会って、その意図が判明した。スクーデリア・フェラーリ創設90周年の年に発表されることから、〝SF90ストラダーレ〟と命名された新型ロード・カーは、ハイパー・カーにして、488GTBの後継モデルだと言われてもおかしくないシリーズ生産モデルでもあったのだ。
フェラーリ社のマーケティング部門を率いるエンリコ・ガリエラが登場すると、ちょうどこの1週間前に他界したニキ・ラウダへの追悼の意を表した後、プレゼンテーションは始まった。車両説明に入る前に彼は、今年フェラーリは計5台の新型車を発表すると語った。もちろん、追加モデルなども含まれての数字とは思うが、5台というのは前例のないことである。そして、488系で投入されたV8直噴ターボ過給エンジンが『エンジン・オブ・ザ・イヤー』で2016年から4年連続の大賞受賞を達成したことを告げた。
SF90ストラダーレに掲げられたメッセージは、「Dare to imafine」(思い切って想像を羽ばたかせよう)。この新型車がフェラーリの市販ロード・カーの歴史に新時代の幕開けを告げるものだということを訴えたいのだろう。
ガリエラ氏の後を受けたのは車両開発部門のトップであるマイケル・ライターだ。2014年1月に現在のポジションに着任したライター氏は、それ以前は2000年から2013年までポルシェAGでさまざまなポジションを務め、最終的に2010年にSUV製品ラインを統括する地位に着いた経歴の持ち主だ。ライター氏はまず、新型車のヒューマン・マシン・インターフェイスの刷新から説明を始めた。メーター・クラスターは実に対角16インチもの湾曲成型液晶で、さまざまに表示形態を変えられるほか、ウィンドスクリーンに必要情報を投影するヘッドアップ・ディスプレイも備えることを告げた。ステアリングホイールも完全な新開発で、主要な車両操作の80%がステアリングホイールから手を離さずに可能であるという。
ここに搭載されるスイッチの数は増え、それらスイッチは、プッシュ式、回転ダイヤル式に、タッチパネル式も加えて、適宜使い分けられている。これらインターフェイスの改革は、Eye on the RoadとHands on the Steeringwheelとという目標をこれまで以上に高度な水準で達成するための大きなステップだという。そして、説明はいよいよ核心に迫る。
1000psを実現するのは、専用開発された4.0リットル拡大された780psを叩き出すV8直噴ツインターボ過給エンジンと、計3基からなる電動モーターで、これら電動機が220psを担う。1000psというのは、単純な出力合計ではなく、システム総合出力で、実馬力だと明言した。電動モーターは1基がエンジンと新開発のデュアルクラッチ式8段型自動MTの間に挟まれる。変速機は多段化だけでなく大容量化されると同時に、軽量化も実現したという。
残る2基の電動モーターはフロント・アクスル前方の一体成型ケースに収められ、左右輪を個別に駆動する。リアの大型リング・モーターはMGUK(運動エネルギー回生装置)としても機能する。リアのバルクヘッド内には大型のリチウム・イオン電池が収まる。容量は7.9kWだ。
そして、このクルマはプラグイン・ハイブリッド方式を採用しており、完充電状態であれば、電動モーターだけを使って25㎞走ることが可能だと加えた。その際は、フロントの2基のモーターのみを使うFWDとなり、135㎞/hの最高速度と0.4G以下の加速が可能だとした。だが、その〝エコ〟絡みの数字より遥かに強烈な印象を与えたのが、恐るべき数字を掲げるダイナミック・パフォーマンスである。
0-100km/h加速は、あのブガッティ・ヴェイロンに並ぶ2.5秒。0-200km/h加速は6.7秒。F1マシン開発で溜め込んだノウハウを投入したMGUK連動式ブレーキ・バイ・ワイヤのブレーキ・システムを利しての100-0㎞/h減速では29.5m未満で停止と、およそ市販量販スーパースポーツのものとは思えない数字が並ぶ。停止距離はラ・フェラーリより2m短い。フィオラノ・テストコースのラップタイムは79秒ジャスト。ラ・フェラーリと同時にスタートしたSF90ストラダーレは、1周した時点でラ・フェラーリに64m先行する速さを持っていることを示す。過去最速の限定生産モデルをも軽く凌ぐのである。
4WD、4WS、V8ツインターボ・エンジンに加えて3基の電動モーター、デュアルクラッチ式多段型自動MT。そして、フロントのモーターにリアのEディフを援用した積極的なトルク・ベクタリング。そう、システム構成はホンダNSXに極めて近いのである。さらにその向こうにはBMW・i8の姿も見え隠れする。しかし、決定的にそれらと違うのは、超効果な新世代ハイパー・カーの一部を除くほとんどのライバルを一蹴する圧倒的な動力性能を実現していることだ。しかも、これは継続生産されるモデルなのである。
それが証拠に、SF90ストラダーレのシャシー・フレームは、量産型フェラーリ・ロード・カーの構成手法を踏襲していて、アルミ製のスペース・フレームが主構造体である。ただし、3基のモーターや電池、さらにそれに付随する高圧電気系などの追加による重量増を抑えるべく、例えばリア・バルクヘッドや、アウター・ボディ・パネルの一部に炭素繊維強化樹脂が導入されている。発表された車両重量は、例によってフェラーリ一流の〝乾燥重量〟だが、その値は1570㎏。この数字だけ見ていると軽く感じるが、日本の車検重量となればざっと150㎏は加わるのが常である。因みに、F8トリブートの乾燥重量は1330㎏に過ぎないから、このSF90ストラダーレは240㎏ほど重い計算になる。
しかし、である。ライター氏の説明によれば、電動モーターを駆使した電子制御4輪トルク・ベクタリングの効果は絶大で、これによりヴィークル・ダイナミクスの向上は、車両重量にして200㎏の重量削減に等しい効果を生むのだという。
この新時代のハイパー・ベルリネッタを包み込む衣を紡ぎだしたのはフラビオ・マンゾーニ率いる自社デザイン部門だが、増大した熱交換要求量や、大きなダウンフォースと低いドラッグを両立するDRS(抗力削減装置)システムの役割を果たすシャット・オフ・ガーニー(エンジン・カバーを上下させて車体上部流を変化させる機構)などを駆使しつつ、全身穴だらけではない、美しい肢体を見事にモノにした感がある。
F8トリブートのデリバリーは今年秋以降にデリバリーが開始される予定というが、このSF90ストラダーレのデリバリーは、来2020年に入ってからだという。最終的な販売価格はまだ調整中といい、現時点では、「812スーパーファストより高く、ラ・フェラーリよりは安い」というかなり幅のある公式見解をお伝えするにとどめたい。
いずれにせよ、2座ミドシップ・ベルリネッタという基本レイアウトを一にする2台が同時にカタログに載る日がやって来るのである。この2台が、旧き佳き時代と来るべき佳き時代を象徴しているのだと、われわれは受け取るべきなのだろうか。
■フェラーリ SF90ストラダーレ
駆動方式 ミドシップ縦置きエンジン+フロント電動機4WD
全長×全幅×全高 4710×1972×1186㎜
ホイールベース 2650㎜
トレッド 前/後 1679/1652㎜
車両重量〔乾燥重量〕 1570㎏
動力装置形式 V型8気筒DOHC32V直噴ターボ過給+電動機×3基
内燃機関総排気量 3990cc
ボア×ストローク 88.0×83.0㎜
最高出力〔システム総合〕 780ps/7500rpm〔1000ps〕
最大トルク 81.6kgm/6000rpm
変速機 デュアルクラッチ式8段自動MT
サスペンション 前/後 ダブルウィッシュボーン式/マルチリンク式
ブレーキ 前後 通気冷却式ディスク(CCM)
タイヤ 前/後 255/35ZR20Y/315/30ZR20Y
車両価格(税込) 未定
文=齋藤浩之(ENGINE編集部) 写真=Ferrari S.p.A
(ENGINE2019年8月号)
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