「耐久王ポルシェ」というキャッチ・フレーズが広く世の中に浸透しているのは、ル・マン24時間レース史上最多の19回の総合優勝を遂げるなど、彼らが世界各地の名だたるレースで好成績を挙げてきたからだ。
そのルーツとなる記念すべきル・マン1勝目を飾ったのが、1970年に出場したザルツブルク・チームのポルシェ917Kである。1951年に356で初めてル・マンに出場して以来、小排気量クラスの覇者として君臨してきたポルシェが、悲願の総合優勝を目指し、5ℓのグループ4マシン917を開発、発表したのは1969年のこと。その記念すべき誕生50周年を祝い、ドイツ・シュトゥットガルトにあるポルシェ・ミュージアムでは5月14日〜9月15日までの予定で『50 Years of the Porsche 917-Colours of Speed』と題した特別展を開催している。
917というと映画『栄光のル・マン』に登場した大排気量のモンスター・マシンというイメージが強く、まるで異次元の乗り物のように思われるかもしれない。しかし実際は911と同様に917が過去からの地道な技術の蓄積の過程で開発されたものであること、そして917で培われた経験と技術がその後のポルシェのクルマ作りに活かされてきたことが、10台の917を含む14台の車両と様々なメモラビリアを通じて、よくわかるように展示されている。
ミュージアムに入りまず目に飛び込んでくるのが、917をモチーフにした過去のオフィシャル・ポスターのコラージュと、2018年にレストアが完成した917-001だ。このクルマは長年、1970年のル・マン優勝車のカラーリングを施したボディを載せてミュージアムに展示されていたものだが、50周年を機会に1969年3月のジュネーブ・ショウで公開された本来の姿に戻されることとなった。
面白いのは一緒に展示されている908/02との関係だ。908/02は1968年に登場した3ℓフラット8を搭載するグループ6マシンなのだが、そのホイールベースは2300㎜で917とまったく一緒。というのも917のアルミ合金製スペースフレーム・シャシーは908/02をベースとしているのだ。もっといえばその908のフレームも1966年登場の906以来、910、907と進化を遂げてきたもので、いずれもホイールベースは2300㎜と変わっていないのである。
では何が大きく異なるのか?それはミドに収められた12気筒のタイプ912エンジンだ。乱暴ないい方をすれば917の12気筒は、908の3ℓ水平対向8気筒に4気筒を付け足し4・5ℓ(後に5ℓへ拡大)したものといえる。ただし、12気筒になりクランク・シャフトが長くなるのを避けるため、各気筒ごとにクランク・ピンを配した水平対向から、向かい合う気筒ごとにクランク・ピンを共用する、いわゆる180度V12方式を採用しているのである。会場には実物のカット・モデルも置かれ、出力を取り出すためのクランク中央のセンター・ギアや、その上に水平に置かれた冷却ファンなど、その構造がよくわかるようになっていた。
また1970年に登場したウエッジ・シェイプ&ショート・テールをもつ917K、ル・マン用ロング・テールの917LH、極端な幅広&ショート・ボディで空気抵抗の低減を狙った1971年の917/20“ピンクピッグ”と、917の空力処理の進化の過程を実車を通じて見られるようになっているのも、この特別展のハイライトの1つ。それを補足するために模型を使った簡易風洞で実際にどのように空気の流れが違うのか実験できるなど、老若男女に分かりやすい展示を心がけていたのも印象的だった。
そこでポルシェ・マニア的に必見なのが、917/20を開発するときに作られた2つのクレイ・モデルだ。1つは実車に近いスタイルをしているのだが、もう1台は前後タイヤまでカバーした、917には似ても似つかぬ宇宙船のようなフォルムをしているのである。それがレースを目的にしていたのか、レコード・ブレーカーを目指していたのかなど、詳細はわからないとのことだったが、当時のポルシェがかなり空力的に進んだ思想を持っていたことがうかがえる貴重な資料といえる。
そして917を語る上で、もう1つ忘れてはならないのがターボ技術だ。会場には北米カンナム・シリーズでアメリカ製大排気量V8に対抗するために作られた自然吸気16気筒エンジン(!)を積む917PAをはじめ、初のポルシェ製ターボ・マシンとなった1972年の917/10、1973年のカンナムで圧倒的な勝利を収めシリーズ・タイトルを獲得した917/30など歴代カンナム・マシンを展示。さらにそこで培った技術を応用した1974年のル・マン・カー、911RSRターボ2・14、そして1974年型911ターボ・プロトタイプを並べ、今に繋がるターボ技術が、917を起点に始まったものであることが表現されていた。
このように、今回の特別展は917を通じてポルシェが何を考え、何を得たのか?を知ることができる絶好のチャンスといえる。しかも7月7日まではポルシェ914の50周年展と併催だ。ポルシェ好きなら、この機会を見逃す手はない!
1969 917-001
917は1969年から5ℓGr.4カーの最低生産台数が50台から25台に緩和されたのを受け、フェルディナント・ピエヒ指揮の元で開発された。シャシーは908/02ベースに発展強化した軽合金製スペース・フレームで、ミドに180度V12の4.5ℓ空冷DOHCを搭載。ロング・テールのボディはリアに可変式スポイラーを装着していたが空力的に安定性を欠き、翌年ウエッジ・シェイプ&ショート・テールの917K(Kは短いの意)に改良。この917-001は1969年3月のジュネーブ・ショウでスイス自動車クラブのブースに展示され、ワールド・プレミアとなった個体そのもの。テストやPRに使われ実戦は未経験だが、1970年のル・マン優勝後、優勝車レプリカに仕立て直され、長らく動態保存されていたが2018年、50周年を機にオリジナルの姿にレストアされた。
1970 917K
映画『栄光のル・マン』の舞台にもなった1970年のル・マンで、ポルシェに初の総合優勝をもたらしたザルツブルク・チームの917-023。唯一の4.5ℓ仕様で予選は15位にとどまったが、R.アトウッドとH.ヘルマンは見事に波乱のレースを乗り切った。かつて日本のマツダ・コレクションが所蔵していたが現在はイギリスのコレクターが所有しているという。
1969 917PA Spyder
Can-Am参戦のためポルシェは908/02のシャシーを改良し917の12気筒を搭載したスパイダー・ボディの917PAを投入するも、大排気量V8勢には敵わなかった。そこで1969年製造の917PA(917-027)に800㎰を発揮する6.5ℓ180度V16を搭載した917PA/16を1971年に開発。テストを行い好結果を得るもターボ化に目処がついたためお蔵入りに。
1970 917 LH
仏設計事務所SERAとポルシェが共同で開発したロングテールの917LH(917-042)は、1970年にザルツブルク・チームのマシンとして製造。V.エルフォード/K.アーレンス組がル・マンでポール・ポジションを獲得。1971年はマルティニ・チームからV.エルフォード/G.ラルース組の手で出場。予選2位につけるもオーバーヒートし序盤でリタイア。
1971 917/20
917LH同様SERAと共同開発の917/20-001。ワイド&ショート・テールのボディはタイヤ周りの乱流と空気抵抗削減が狙いだが、残念ながら空気抵抗は増加。しかしマシンバランスは良好で1971年ル・マンのテスト・デイでは最速ラップを記録。決勝もリタイアするまで5位を走行。そのグラマラスなボディゆえ、豚肉の部位が描かれ"ピンク・ピッグ"というあだ名がつけられた。会場には初期段階と思われる貴重なクレイモデルの展示も。
1972 917/30
1972年末完成の917/30-001は、軸距変更が可能なシャシーに5ℓ12気筒ターボを搭載したテスト車。1975年のインターセリエ・シリーズ、ホッケンハイムでのH.ミューラー優勝時の姿にレストア済み。
1971 917K
2010年にアウディR10が破るまでル・マン最長走破記録(5335.313㎞)を保有し続けていた1971年の優勝車917-053。ドライバーはG.V.レネップと現レッドブル・レーシング責任者のH. マルコ。
1970 917K
1971年からポルシェと共にワークス活動を行ったジョン・ワイア・チームの917K。この917-014は1970年製で、1971年シーズンは917-029へ改番し、ブエノスアイレス1000㎞で優勝した個体。
1972 917/10
長く重い16気筒NAに代わり開発されたポルシェ初のターボ、5ℓ12気筒ツイン・ターボ搭載のCan-Amマシン。これは1972年のエドモントンでM.ダナヒューが優勝した917/10-005。
1973 917/30
Can-Amでワークス活動を行なっていたペンスキー・チームが1973年に投入した究極の917(917/30-002)。5.37ℓ12気筒ツイン・ターボは1100㎰を発揮し、385㎞/hを記録。
2013年作のコンセプト、917リビング・レジェンド
1971年、917/20開発当時の幻のクレイ・モデル
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文=藤原よしお 写真=藤原よしお/ポルシェAG
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