フランスの高級機械式時計ブランド「フェノメン」の輸入元、オールージュから、興味津々なお誘いを戴いた。フェノメンのドライバーズ・ウォッチ「アクシオム」を買うと、もれなくレーシングカーに体験試乗できるプログラムが付いてくるのだそうで、それにモニターで一度乗ってみませんか、というのだ。もちろん乗ります、と喜び勇んでツインリンクもてぎに向かった次第である。
そのレーシングカーというのは、もっかスーパー耐久に参戦中で、鈴鹿サーキットの初戦では見事クラス優勝を遂げたアウディ・チーム・マーズのRS3 LMSそのものである。今年からオールージュがスポンサーとなり、マシンにはフェノメンのカラーリングが施され、しかもレース経験のある下山征人社長自身がドライバーとして参戦していることから、こういう驚きのプログラムが実現したのだ。もちろん試乗するにはそれなりのスキルが必要になるが、サーキット・ライセンスの取得や練習走行の手助けもしてくれるという。私はすでにもてぎのライセンスを持っているので、いきなりスポーツ走行枠での本番試乗ということになった。

もてぎでレーシングカーに乗るのは、10年前にホンダのGT500マシンのNSXに乗せてもらって以来のことだ。あの時は6段シーケンシャルの1速でクラッチを繋いで発進することさえ一苦労で、走り始めてからもコーナーの立ち上がりでアクセレレーターを少し踏み過ぎただけでアッという間にリアが滑り出すのに冷や汗をかきながら、なんとか西コース5周の走行を終えたものだ。
今度のアウディRS3 LMSは、FIA公認のツーリングカー選手権「TCRシリーズ」の規格に準拠したマシンで、市販のRS3セダンをベースに大幅な改造が施されており、400ps近くまでパワーアップされた2l直4エンジンをフロントに横置きし、6段シーケンシャル・ギアボックスを介してフロントを駆動する。もてぎでのラップタイムは2分前後。筑波なら55秒くらい。雨の日にはポルシェGT3と同等のタイムで走れるというから、相当なポテンシャルを持っているのは間違いない。

まずは下山社長とチームの加藤正将選手が走り、タイヤが温まってから私が乗ることになった。例によって、乗り込むだけでも一苦労である。ロールケージを乗り越えてようやくフルバケット・シートに着くと、目の前にはまるでF1マシンみたいな小さなステアリング・ホイールと液晶表示のメーターがあるのみ。助手席がないのはもちろん、フロアもすべて金属剥き出しで、右脇に一本ニョキッと生えている金属の棒はシフト・レバーではなくサイド・ブレーキで、前輪駆動のためどうしても曲がり切れないタイト・コーナーで使うためのものだとか。

電気系統のスイッチをオンにした上で、ステアリング上のボタンを押してエンジンを始動すると、ブォォォーンといかにもレーシングカーらしい勇ましい音が響きわたった。右のパドルを引いてギアを一速に入れ、クラッチをつなげて発進する。まるで市販車みたいにスムーズに走り出したのには、こちらが面食らうくらいだった。ブレーキやアクセレレーターのレスポンスもリニアそのもので、ハンドリングにも変な癖はまったくない。それでいて、クルマの姿勢や路面の状態がわかりやすく、走っていて常に安心感がある。

1周も走らないうちにどんどん踏んで行くのが楽しくなって、直線では思い切り加速して、ターボ・エンジンとは思えない吹け上がりの気持ちよさを満喫していた。今まで乗ったレーシングカーで、これほど乗りやすいマシンは初めてである。それだけじゃない。クルマが基本に忠実にしっかりと作られているので、これに乗ると、運転とはこうするべきだという正しい乗り方を教えられる感じがする。その意味でもクルマ好き、運転好きには、ぜひ一度体験してもらいたいマシンだと思った。
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文=村上 政(ENGINE編集長) 写真=佐藤正勝
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