2019年9月4日、ポルシェはその歴史の新しい扉を開けた。初のフル電動スポーツカー〝タイカン〞をデビューさせたのだ。その全容を中国での発表会に参加した本誌ムラカミがリポートする。
中国・福建省の省都、福州市にあるホテルを午後6時半に出発し、風力発電施設であるということ以外、どこに向かっているのか、その地名も告げられないままバスに揺られること1時間45分。高速道路をひた走り、最後に橋を渡って到着したのは、福州市から約150㎞離れた、台湾海峡を挟んで台湾のちょうど真向かいに位置する平潭(ピンタン)島という島だった。窓の外の暗闇の中に目を凝らすと、あちこちに巨大な風車が回っているのが見える。その風車の下に、この日のために建てられた特設会場で、ポルシェ初のフル電動スポーツカー〝タイカン〟のアジア大陸ローンチは行なわれた。
プレゼンテーションのスタートは午後9時。そんな遅い時間に設定されたのにはもちろん理由があって、このローンチは世界3大陸で同時に行なわれたため、ヨーロッパ大陸でも北米大陸でも深夜や早朝ではない時間を選ぶ必要があったのだ。この地の風力発電施設のほかは、ドイツ・ベルリン郊外の太陽光発電施設とカナダのナイアガラの滝にある水力発電施設。いずれも持続可能な自然エネルギーによる発電施設が選ばれた背景には、タイカンの環境問題への貢献をアピールする目的はもちろんだが、それと同時に、北米、中国、欧州という今後のタイカンの最大のマーケットとなるであろう地域を選んで、将来のカスタマーにアピールしようと考えたからに違いない。
「ポルシェのEモビリティの新たな時代の始まりです」という言葉とともに9時ちょうどに始まったプレゼンテーションは、「伝統と革新。ポルシェがポルシェであり続けるための進化。100%エレクトリックであり、そして、100%ポルシェです」と力強く謳い上げて30分ほどで終了し、白いタイカン・ターボSが左側から走ってきて舞台上に姿を現した。会場に詰めかけたジャーナリストたちは、いっせいにカメラとスマホをそちらへ向ける。と、いつの間にか巨大なディスプレイがあった背後の壁が取り払われて、そこには赤いLEDと白いレーザー光線でライトアップされた風車がズラリと並んでいたのだから、あまりに雄大な風景に呆気に取られてしまった。なるほど、アピール度は十分だった。
さて、実はこのローンチに先立ち、この日の午前中に実車のスネーク・プレビュー(こっそり見せること)とプレゼンのために本社からやってきたポルシェ幹部たちへのインタビューの時間が設けられており、そこで様々な情報を仕入れることができた。さらに2週間前には上海のポルシェ・エクスペリエンス・センターを舞台に、タイカン発表に向けてのワークショップ(勉強会)があり、それにも参加して、偽装を施されてはいたものの、インストラクターの運転する実車に同乗して、その走りを体験する機会も得ている。ここではそれらをもとに、タイカンの本質に迫るのに有益と思われる情報をでき得る限り報告したいと思う。
まずはその名前の由来から。〝タイカン〟というのはアラビア語で、若く荒々しい跳ね馬を意味するのだという。すなわち、ポルシェのエンブレムになっている馬そのもので、その魂を受け継ぐものとして、「ソウル、エレクトリファイド」=「それは、電動化された魂」というキャッチ・コピーが付けられている。
開発が始まったのは5年前。目標はただひとつ、ローンチにもあったように、紛うことなきポルシェであるようなフル電動スポーツカーをつくることにあった。その必要条件として、パフォーマンスがほかのどんな電気自動車にも負けないことはもちろん、ひと目見てポルシェとわかること、日常的に使える実用車であることが重要だった。そして実際に、タイカンはその目標をすべてクリアするものになっているという。
パナメーラより全長は短いが、よりワイドで、低い4ドア・ボディは、大人4人(場合によっては5人)がゆったりと乗ることができるスペースを持つ。それでいながら、床下にこのクルマでもっとも重量の重いリチウム・イオン・バッテリー(12のセルを持つモジュールが33個で計396セル)を敷きつめることで、なんと911よりも低い重心を実現しているというのだ。そして、特筆すべきは、これまでは400Vが普通だった電気自動車の世界に初めて800Vという高電圧システムを持ち込んだことだ。これは、ル・マンで3回優勝した919ハイブリッドのシステムから引き継いだもので、電圧に余裕があることで低い電流でも同じ出力が得られるため、より細いケーブルを使って軽量化できるし、電圧が低いことによる電力損失も減り、結果としてパフォーマンスを大幅に向上させることに繋がる。さらに高電圧充電器を使えば、充電時間を大幅に短縮することもできる。
駆動のための電気モーターは2基で前後アクセル上に搭載されて4輪を駆動する。今回ローンチされたターボとターボS(電気自動車にターボとは変な気もするが、これはポルシェのハイパフォーマンス・モデルを表す記号なのだという)のシステム最大出力は前者が680ps、後者が761ps。トルクはそれぞれ850Nmと1050Nmとなっている。
0-100km/h加速はターボSで2.8秒。この数字はテスラのトップ・モデルに劣るのではないかという問いに対する答えはこうだった。まず、ポルシェは実用を考えた場合には0-100km/h加速より0-200km/h加速を重視しており、それは9.8秒になる。この数字も負けているかも知れないが、重要なのは何度繰り返しても同じパフォーマンスが得られることで、タイカンでは26回繰り返しても10秒以下の数字を維持できることが実証されている。あちらはほんの数回で、同じパフォーマンスを発揮できなくなってしまうでしょう、というのである。(後編に続く)
文=村上 政(ENGINE編集部) 写真=ポルシェA.G.
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