2020.02.17

LIFESTYLE

911からカイエンまでポルシェデザインの進化 チーフ・デザイナーのマイケル・マウアー氏インタビュー

ポルシェの日本人デザイナー、山下周一氏の連載を始めるにあたって、ポルシェのチーフ・デザイナーであるマイケル・マウアー氏に話を聞くことができた。ポルシェ・デザインの本質をめぐる、二人のデザイナーの対談をお届けする。


マイケル・マウアー(Michael Mauer)
1962年7月28日、ドイツ・ローテンブルグ生れ。高卒後、スキーなどのインストラクターをしながら、プフォルツハイムのデザイン学校を卒業。メルセデス・ベンツ、MCC スマートを経て、2000年にサーブのデザイン部長就任。04年よりポルシェのチーフ・デザイナー。15年からはVWグループのチーフも兼務する。

ポルシェをポルシェたらしめているもの

山下 今日は「ポルシェのつくるポルシェ・デザインの本質は?」、あるいは「ポルシェ・スタイリングのコア・エッセンスとはなにか?」という点について、あなたに踏み込んで聞いてみたいと思っています。実は私も数多くの日本人ジャーナリストから同様の質問を受けたことがありますが、「ポルシェにはポルシェのDNAがある」と答えてきました。


マウアー ブランド・アイデンティティにとって重要なのはデザイン・キューでしょう。すなわち、明確なストラテジーとDNA、そして確立されたアイデンティティこそが、ポルシェ特有のデザインを生み出すのです。最初のステップではデザインの方向性を提示し、次のステップで詳細なディテールを決定していくのですが、デザイナーは常に各モデルの特徴を活かすプロダクト・アイデンティティを考慮しなければなりません。たとえば電気自動車にもポルシェとしての典型的なデザイン・エレメントが必要です。そのストラテジーを明確化し、プロダクト・アイデンティティを盛り込むことで、ミッションEのデザインはすんなりと決定しました。


山下 しかし、その一方で928や944といったモデルには、ポルシェの典型的なエレメントは見受けられませんよね。クルマ全体として見るとポルシェという印象はありますが、これらのクルマのデザイン・エレメントをポルシェのDNAとして見るか、あるいは別のものとして見るのか……。


マウアー ポルシェはスポーツカーのブランドであり、スポーツカーにとってもっとも重要なのはプロポーションです。928はスポーツカーとしてのサイズ比率を定義出来るドラマチックなプロポーションを持っています。そして、フロントにグリルを設置していない点や極めて低く滑らかなルーフ・ラインを持つなど、典型的なポルシェの特徴が活かされています。これらは"ポルシェ・エレメント〞というには十分ではないかもしれませんが、そうしたエッセンスがちりばめられているのです。


「進化」のデザイン哲学

マウアー ところで、私はポルシェが転換期に入ったのは2000年の初代カイエンからだと思います。それまでのポルシェには明確なブランディングがされておらず、911のイメージしかなかったのです。しかし、当時の高所得層のカスタマーたちは、流行り始めていたSUVにもスポーツカーとしてのエレメントを強く欲していました。クルマのデザインを考える時、未来のビジョンを持つこと、先進的でモダンであることも大切ですが、それと同時に潜在的なカスタマーに助けてもらうことも大切なのではないかと感じています。デザイナーという職業は未来に向けて一石を投じるというイメージを持たれることが多いかと思いますが、実はカスタマーこそがデザイナーがどのくらい遠くにその石を投げればいいかを教えてくれる存在なのかも知れません。「進化」のデザイン哲学とはなにか。それは新旧モデル間には極めて強い関係性が必要だということだと思います。これが私たちデザイナーにとっての最大のチャレンジであり課題で、アーティストと大きく違うところです。カー・デザイナーは自動車産業を担う一員として製品を生み出さなければならないので、未来に対して適正な距離を保つ必要性もあるのです。


山下 ドイツでは次のジェネレーションへ先代のDNAを受け継がせることが重要なのですね。これはクルマだけでなく、景観や建物についても同じで私には文化的な問題にも思えます。例えば東京の表参道では歴史的な古い建物を完全に取り壊して新しいビルを建ててしまいましたが、おそらくドイツなら外観はそのまま活かして内部を改良・改装するというアプローチをするのでしょうね。


マウアー 最近の日産や韓国メーカーを見ると、よりブランド・アイデンティティを大切にするようになっていると感じています。プロダクトとブランドの両方の視点を考えた場合、特にブランドとしての地位の確立が必要不可欠だと考えています。たとえば世界中の女性を魅了するエルメスのハンドバッグは、"そのバッグが"というより、"エルメスだから"という高いブランド力によって購買意欲をかき立てるのだと思います。ポルシェで言うなら、初代カイエンはデザインに惚れ込んで購入した方はさほど多くなかったのではないかと思います。それより"ポルシェだから"というステータス性やブランド力で選んだ方が大半だったのではないでしょうか。


山下 私たちデザイナーとしては新しいアイデアを提出して、新しいポルシェをクリエイトするために境界線をさらに押し広げるよう常に努力を続けるべきであり、それが正しいやり方なのでしょうね。私が新しいプロジェクトをスタートしようとする時、まずポルシェの歴史に目を向け、ある種のポルシェ・エレメントを探し出そうとしますが、それは果たして正しいアプローチなのでしょうか? それとも白い紙を目の前に置いて全く違った考え方をするべきだとお考えですか?


マウアー 振り返りがいつもうまくいくとは限りませんね。強いブランド力を築き上げてきた歴史に目を向ける必要はありますが、デザイナーにとっての明確なタスクとは、歴史を尊重しつつも新しいエレメントを創出すること、そして次のステップに一歩踏み出すことでもあるのです。最終的に残るのはひとつの方向性であり、それが向かう先は未来なのですから。キャラクタリスティック、すなわちその対象を特徴づける真のエッセンスとは何かを見極めなければなりません。


マウアー氏が対談中に描いたスケッチ。928のデザイン・エレメントについて。

カー・デザイナーに必要なもの

山下 ところで、日本車のデザインについてどう思われますか?


マウアー 以前、日本でデザインに携わる人々を前に、「進化」のデザイン哲学についてレクチャーした時、後継モデルと先行モデルとの極めて強い関係性が必要だということを説きました。それに対し出席者たちは、クルマの外観が完全に変わっていなければニューモデルとして認知されないと唱えました。それで、日本では新製品は完全に外観が変更されなければ新しいものとは認知されないことや、顧客の感じ方がヨーロッパとは違うことを理解しました。一般的にホンダやスバルは評価が高いブランドですが、デザインを大幅に変更してしまったら、顧客にとってはブランドとのコネクションを維持することが難しくなりますね。


山下 レクサスやインフィニティはドイツ・メーカーのようなラグジュアリー・ブランドを立ち上げて高級車アイデンティティの確立を試みました。しかしながら、単なるコピーではこの分野のトップにはなれないことに気付いてストラテジーを完全に変更したように思えるのです。


マウアー レクサスやインフィニティは、一般的なトヨタや日産のクルマと闇雲に差別化しようとしているような印象を受けますね。フロントやリアのエレメントを見ると彼らのストラテジーは単に自社内の製品と完全に差別化するということだけで、そのデザインからはどのポジションに位置付けたいのかは表現されていません。インフィニティやレクサスは日本で成功しているのですか?


山下 部分的には成功していますよ。


マウアー できる限り車両の外観を美しくすることとは別に、単に顧客のターゲットをできる限り差別化する点に重きを置いているように思えるし、そこには美学が失われているように感じます。新しい世代、つまり若い潜在的な購買層がどう感じているのかについて興味がありますね。


山下 若い世代は受け入れるだろうと私は感じていますよ。さて、それでは最後にカー・デザイナーに必要とされるものとは?


マウアー まず、産業プロセスに関与しているので現実を直視する必要があります。予算や時間的制約、技術的課題にも配慮する必要があり、それも私たちの大切な仕事のひとつなのです。しかし、その一方で未知の可能性について考えることも必要です。つまり、イノベーションを創出するには、現実や最新技術の課題について理解できる能力、そして未来に生きる、すなわちビジョンをクリエイトできる能力を兼ね備えていることが求められるのです。アーティストという部分もありながら、エンジニア的な要素も求められます。未来をよりよく予測するには直観力、想像力といった専門的な能力が必要不可欠であり、まさにそれができるのがカー・デザイナーという職業なのだと思っています。


スタイル・ポルシェのデザイナーたち。中央がマウアー氏で、向かって右に立つのが山下氏。

話す人=マイケル・マウアー/山下周一 まとめ=池ノ内みどり 写真=ポルシェA.G. 


(ENGINE2018年7月号)

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