正式名称はアウディR8 V10パフォーマンス5.2 FSIクワトロSトロニック。2018年に発表された二代目R8大幅リフレッシュ・シリーズの上位モデルである。2019年には欧州市場を中心にデリバリーが始まっていたが、日本市場にもようやく実車がお目見えとなった。新型はフェイスリフトを受けただけでなく、内部のいたるところに細々と念入りに改良作業が施されており、性格付けの見直しも伴うものとなっている。パフォーマンス・クワトロの自然吸気V10エンジンは、排気量は変わらず5.2リッターのままだが、最高出力は10ps引き上げられ、620psを発揮する。全長×全幅×全高=4430×1940×1240㎜。ホイールベース=2650㎜。車両価格は3001万円(税込)。
世界の自動車デザインに大きなインパクトを与えた初代アウディTTクーペ。その系譜上にあることをひと目で連想させつつ、「アウディきってのスーパー・スポーツカー」を巧みにアピールするのがR8だ。その凄さはズバリ、走りのポテンシャルにある。アウディでは馴染みの薄いミドシップ・レイアウトで、シート背後に搭載するのは大排気量で高出力のV型10気筒エンジン。しかし、その走りが「素人には手に負えない、トリッキーな仕上がり」どころか、サーキットへと持ち込んで限界点付近にまで挑んでも、何とも穏やかで扱いやすいキャラクターを実現していたことに、初試乗の際に驚嘆させられたのを昨日のように思い出す。
"初挑戦"でそこまでのポテンシャルを実現できたのは、そもそもR8が「ル・マン24時間レースに挑戦を続けた同名モデルの市販版」という位置づけだったことも関係しているはず。しかし、R8はそんなアウディの頂点に立つモデルにもかかわらず穏やかで扱いやすいという点に、ひとつの"凄さ"があるはずだ。
いまやミニバン以外は何でも揃うアウディのなかで、特別な存在といえばR8だろう。栄光のル・マン・ウイナーの名を戴くこのスポーツカーは、レーシングカー同様、エンジンをコックピットの背後に置くミドシップ・レイアウトを採用。日本車ではNSXとS660のみというこの配置、スポーツ・ドライビングでのアドバンテージはいまさら説明する必要はないと思うが、R8の場合はアルミがメインの軽量ボディ、ASF(アウディ・スペース・フレーム)とあいまって、実に軽快なハンドリングが楽しめるのだ。
さらに刺激的なのが、自然吸気の5.2リッター V10ユニットがもたらす圧倒的な加速と、官能的なサウンド。シートの後ろから流れ込む快音とともにドライブするのはまさに至福のひとときだ。エンジン全開のチャンスなんて、ふだん使いではほとんどないが、街中を走るときでもV10の息づかいは十分楽しめる。そういう意味ではこのクーペもいいが、V10サウンドをより近くで楽しみたいならスパイダー・モデルもおすすめ。
「100mを全力で走っても息ひとつ乱さないクールなスーパー・スポーツカー」というキャラクターが新鮮だった初代R8。これに比べると、二代目R8はワイルドな要素を部分的に取り込んだ結果、ウラカンとの位置関係が微妙になってちょっともったいない気がしていた。なによりアウディもランボルギーニも同じグループに属しているのだから、それぞれの個性を際立たせたほうが得策なはず。
でも、そんなことはアウディも先刻承知だったらしく、マイナーチェンジでしっかりと手を打ってきた。二代目R8のハイパフォーマンス振りはそのままに、初代とよく似たエレガントなスーパー・スポーツカーに仕立てたのである。足まわりは、乗り心地が優しくなったウラカンよりもさらにしなやかで、荒れた路面もなにごともなかったかのように通過していく。それとともに印象的だったのがエンジン音を控えめにしたこと。V10の魅惑的なサウンドを抑えてでもR8のキャラを守ろうとしたアウディの判断に拍手を贈りたい。クールなスーパー・スポーツの復権である。
ドアをバフッ!と閉めた途端、一種独特の静まりかえった、いわばスーパー・クールなアウディ・ワールドに包まれる。彫刻のように立体的なインテリアに囲まれながら小さなレザー・ステアリングを握ると、近未来の戦闘機に乗り込んだかのような気持ちになる。このモデルはミシュランのパイロット・スポーツ・カップ2を履く本気仕様だったが、基本的な乗り心地は突き上げ感が少なく、上質だ。
対してハンドリングは意外にも初期ゲインが穏やかで、タイトなスラロームを走ると、もっと鋭い応答性が欲しくなる。ソフトなフロント・サスペンションとクワトロ4WDのトルク・スプリットが、車両を安定方向に躾けているためだろう。このセッティングは、もっと速度域が高いコーナーでこそ効果を発揮する。過敏過ぎずちょうどよいハンドリングのおかげで、ドライバーは安心してV10エンジンの620psを解放することができるのだ。アウディR8V10パフォーマンスの素晴らしさは、誰もがミドシップ・スポーツカーの高性能を味わえることにある。
私はアウディR8を常にリスペクトしてきた。初代は、なによりもスタイリングをリスペクトした。R8は、スーパーカーの新たな造形を創造していたのである。そして2代目は、自然吸気を守ったことをリスペクトした。ターボを大いに得意とするメーカーでありながら、アウディは自然吸気エンジンへのリスペクトを忘れなかったのだ。
その二代目R8が昨年小変更を受け、さらにリスペクトされる要素を微増させた。小変更されたエクステリアは、より低く、平べったく感じさせる。低くて平べったいフォルムは、自動的に猛獣を連想させる。エンジン・フィールはさらにシャープになり、ステアリング・レスポンスもバリバリに。R8は、どんなシーンでもウルトラ安定しつつ、自由自在に走る野獣となった。が、どんなに鋭利であっても、R8には理性が厚く沈殿している。アウディR8は野獣であるが、同時にスーパーカーの良心なのだった。
(ENGINE2020年4月号)
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