2024.05.05

CARS

一生マニュアル、生涯ハイオク車に乗ると宣言する理由とは? 左ハンドルMTのプジョー406クーペに乗るオーナーが先輩から学んだ自動車の愉しみ方

マニュアル・トランスミッションのプジョー406クーペとオーナーの金子さん

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マニュアル・トランスミッションのプジョー406クーペに乗る金子邦雄さん。シルバーの美しい406クーペを前に目を細める金子さんはかつて住んでいたパリで見たという初対面の時の思い出を今なお強烈に憶えているという。


カッコイイ先輩みたい

早朝、約束の場所に銀色のプジョー406クーペと一緒にやって来た金子邦雄さんが身につけていたものは、一見オーソドックスだがセンスがよく上質なものばかりだった。406クーペも、実は並行輸入の希少な左ハンドルの5段MT仕様だ。「やわらかくてふくよかなだけじゃなく、リア・フェンダーのホイールアーチから前に続く、薄い繊細な線が絶妙だよね」なんてことを、さらりと口にされる。「ドアに向かってさらに前に続くこのライン。これが効いているよ。後ろ姿もいいでしょう? 腰つきがセクシーだよね。美しいものが好きで、愛のために生きているような、イタリア人やフランス人がいかにも造りそう」。



お洒落で目利きで、時計やカメラも詳しく、フライ・フィッシングに話が飛んだかと思えばクルマと異性の例え話で場を盛り上げる。ざっくばらんな口調と、優しく、くったくのない笑顔。免許を取った若かりし頃、好いことも、悪いことも、いろんなことを教えてくれたカッコイイ先輩みたいだなぁ、と思った。

でも金子さん自身も、そんな先輩たちに育てられたんだよ、と笑う。最も影響を受けたのは、30代半ば、時計の仕事に関わりパリに住んでいた時の、竹中さんという上司だった。アルファ・ロメオのジュリア・スーパーのオーナーだった彼と、その周囲の大人たちの背中を見ていたからこそ、今の自分があるという。

もともと日本ではセリカXX、フランスではBMW318iに乗っていたのだが「新しいアルファが出るぞ」と竹中さんに焚きつけられた。そして仕事のついでにと出かけたフランクフルト・ショーで、運命の出会いをする。ここでセンセーショナルにデビューしたのはあの156。会場でもらったパンフレットを手にパリのディーラーに「これが欲しい!」と乗り込んだ。しかし情報は当然なく、店員も困惑したに違いない。なにせ逆に金子さんに「コピーを取らせて頂いてもいいですか?」とお願いしたぐらいだった。こうしてイタリアから最初に来た赤いV6の156で、金子さんはパリの街を走り出す。1997年のことだ。

ほぼ新車当時の佇まいを残す室内。

シートは肉厚で掛け心地が良く、後席も大人2人がゆったり過ごせる。アルファ・ロメオのキーホルダーは156の購入時からずっと大切に使っているもの。

その後も美味しいレストランやワイン、クルマの走らせ方など、金子さんは多くのことを竹中さんをはじめとするカッコイイ先輩たちから教わった。彼が時計のバーゼル・ショーのため渡欧するとなれば、何日も前乗りし、スイスでなくわざわざイタリア・ミラノで合流。そこからムゼオ・アルファ・ロメオに行き、翌日はポルトフィーノ、翌日はボローニャと156で一緒に走り回ったりした。またBMW時代は彼から「エンジンは絶対3000回転以下に落とすなよ」と言われて戸惑ったそうだが、アルファに乗り、そうかこれならば、と膝を叩いたという。

「あのエンジンの音を聞くとアドレナリンが出るんだよ。なんというのかな、おとなしくゆっくり走りたくても、そうはいかないんだよね」

帰国時に156を持ち帰ることになったのも、当然先輩方の影響だ。

「だって手放すなんて、そんなこと絶対許されるわけがないよ(笑)」

以来20年、156との蜜月は続いた。前後してフライ・フィッシングにも開眼し、春から秋はロッドを手に、自ら巻いたフライでヤマメを追い、渓流へ156を走らせてきた。

荷室には愛用のフライ・フィッシングの道具が。

雨の406クーペ

“一生マニュアルで、生涯ハイオク。できれば左ハンドル”。これが竹中さんから受け継ぎ、金子さんが大事にしているポリシーなのだそうだ。

「156は乗ると気分が湧き上がって飛ばしたくなる。でも年を重ねたし、頭に血が上るのはまずい。爺に156は、ちょっと似合わないし」

だが欧州仕様の好調な156の代わりなんて、そうは見つからない。

そんなところにまた先輩筋から吉報が入る。それがまもなく7年の付き合いになる406クーペとの出会いだった。電話でその名を耳にして、かつて雨のパリで石畳の上を駆けていった美しい姿を思い出したという。車内の金髪の女性と、滑らかな肢体。きっと映画のワンシーンのようだったに違いない。電話を終える前に、金子さんは406クーペを終のクルマにしようと即決した。



「156と比べたらエンジンの音も感触も物足りない。でもストロークの短いシフトや、綺麗にコーナーを曲がる感じとか、だんだんコイツ、思ったよりスポーティでいいヤツだと分かった。時々壊れるけど(笑)」

金子さんは156入手以来27年使い続けているアルファのキーホルダーをすっと摘まむと、片手を挙げて去って行った。その振る舞いは自然でとても絵になっていて、強く記憶に残った。金子さんが先輩から受け継いだものは、こうしてまた時を越え、引き継がれていくのだろう。

文=上田純一郎(ENGINE編集部) 写真=岡村智明

◆ENGINE WEBに登場したちょっと古いクルマとそのオーナーの記事一覧はこちら!


(ENGINE2024年5月号)

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