2020.06.06

CARS

「ポルシェをデザインする仕事」第6回/山下周一 (スタイル・ポルシェ・デザイナー) 独占手記

初代カイエンのV8エンジンのスケッチ。当時のヴィーデキング社長の要望で、普段は重要視されないエンジンのスタイリング開発にも多くの予算が割かれたという。インテーク・マニホールドやターボのインテーク・ダクト、エンジン・マウント・アームなどすべて紛れもない機能部品であるにもかかわらず、非常に美しくデザインされている。

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クルマのデザインはエクステリアとインテリアだけでは終わらない。その間に入るグレー・ゾーンにも、スタイル・ポルシェは力を注いでいる。


第6回「グレー・ゾーンをデザインする。」


スタイル・ポルシェというのは通称で、正式名称はポルシェA.G.スタイリング開発部。ドイツ語だとEntwicklung Stylingとなる。


前にもスタイル・ポルシェについては紹介したが、よりポルシェを深く知ってもらうために、今回、多少 付け加えたい。以前も書いたように、スタイル・ポルシェも一般の自動車会社と同じようにエクステリア、イ ンテリア、カラー&トリムと大きく3つのデザイン部門に分かれている。


しかし、興味深いのはエクステリアとインテリアの狭間をデザインするグレー・ゾーン・デザインがあることだ。部署として独立しているわけではないのだが、専門にデザインするチームがある。エクステリア・デザインでもなく、インテリア・デザインでもない。どちらかといえば、お互いそっちの仕事でしょ! と押し付け合いをするような場所をデザインする仕事である。


エンジン・フードを開けた時に一番に目に飛び込んでくるエンジン・カバーであるとか、ドアを開けた時に目にするキック・プレート、リア・ゲートを開けると出てくるローディング・プレートやリア・ライトのモールなどを専門にデザインする。普段目にしない場所であるからと言って決して手を抜かない。たまにしか見られないからこそ、それこそ全力を注いでデザインするのである。


たとえば、初代カイエンのV8エンジン(のカバー)は、個人的に非常に好きなデザインである。大きなフードを開けると、シンプルで無駄なケーブルやナット一つ見えないエンジン・ベイが目に入る。エンジン周りは注意深くカバーされていて、何の部品かわからないパーツや配線は極力隠されている。


その真ん中に鈍い光沢を放つシルバーのV8エンジンが鎮座する。中心には黒く塗装され有機的に絡み合った8本のインテーク・マニホールド・チューブ。その左右にレイアウトされたシルバーのバルブヘッド・ブロック。その内の一つは力強いメタル製のアームによって車体と繋がれている。フロント部分は綺麗なYの字にデザインされたエア・インテーク・チューブと繋げられ、サービス用の黒いキャップが左右にレイアウトされる。その間にはオイルゲージの黄色いフックが見える。ポルシェの有機的な部分と機械のメカニカルな部分が非常にうまく融合している。こう言っては何だが初代カイエンで一番好きな部分である。これぞまさにザ・ジャーマン・プロダクトと呼ぶにふさわしい優れたデザインだと思う。

ライトの内側に拡がる宇宙

そのほかにライトをデザインする専門のチームがあり、彼らはエクステリア・デザイナーと協力しながら、 ヘッド・ライトやリア・ライトのインテリア、つまり内部を専門にデザインする。サイドマーカーやリフレ クターのデザインも彼らの仕事である。ライトのデザインというのは、もうそれだけで大きな宇宙が拡がっ ていて、正直、エクステリアをデザインするのと同じくらいのエネルギーを必要とする重要な場所である。 彼らは限られたスペースの中にいかに独自のスタイリングを持ち込むかという課題と日々格闘している。


彼らの仕事の進め方はエクステリア・デザイナーのそれとは少し違っている。彼らに与えられるのはエクステリア・デザイナーが決めたヘッド・ライトならびにリア・ライトのコントゥアー(外形線)とその表面だ。そのライン、表面を基準に内部を構成してゆく。光る、点滅するといった機能部品なので初めからライト専門のエンジニアやサプライヤーと深く連携しながら仕事を進めていく。光源の大きさ、種類、光が透過する部分の幅広さ、光源の場所、冷却方法、成型方法、組み立て方法、最低肉厚などきわめて現実的な解決策を初めから求められるので、ライティング・デザイナーはみな法規や製造方法、新技術に非常に明るい。


最近のポルシェ・ブランド・アイデンティティーの一つとして、4ポイント・ヘッド・ライトがあるが、その一つ一つのハウジング、それぞれのユニットを束ねるメイン・ストラクチャー、筐体内部のグラフィック処理など注意して見ていただければ私の言わんとしていることがお分かり頂けるであろう。特に最近ではLED化によってデザインの自由度が飛躍的に大きくなっているので、その世界観はもう太陽系を逸脱するくらい広がっている。初代マカンのリア・ライト、918のヘッド・ライトなどは自動車業界のベンチマークともなる優れたデザインだと思う。


第2世代パナメーラのLEDマトリックス・ヘッドライト。機会があればぜひ現物を見ていただきたい。スケッチでは描き切れないほど細かいディテールが詰まっている。中央に見えるレンズの奥の3段28列計84個にピクセル化されたLEDが、車内ルームミラー部にマウントされたカメラとシンクロしながらマトリックス化されたライトを常に最適に照射する。

スタイル・ポルシェの主


他の小さな部品、例えばサイド・ミラー、ドア・ハンドル、ホイールなどは特に専門部署はなく、エクステリア・デザイナーが直接担当する。多くの場合「新しいミラー・デザイン」「911のホイール」と言った具合にその都度担当のエクステリア・デザイナーだけでなく他のデザイナーも参加してのコンペ、アイデア出しとなる。


特にホイールは、1車種につき何種類も用意しなければならないので、アイデアを出す方も大変である。ポルシェはホイール・デザインに関しても強いこだわりを持って取り組んできた。エクステリア・デザインに見られるような強いモータースポーツとの絆は、ホイール・デザインにも色濃く反映している。足下重量を抑えるために個々の重さを抑えなくてはいけないし、最近では空気力学への配慮も大きな課題となっている。スタイリングに関してもポルシェとしてのアイデンティティを持たなくてはならないのはもちろんのことだが、エクステリア・デザインと比べ遥かに自由度は高い。


ホイールには大きく分けて3つの製造方法がある。型に金属を流し込んで作る鋳造、金属を叩いて作る鍛造、それに新しいカーボン・ホイールだ。鋳造と鍛造のデザインにおける大きな違いは、鋳造ではスポークの角が立ったようなシャープなデザインは難しいことだ。また、ポルシェ・ターボに見られるような表面を切削して2色仕上げにしたホイールは、鍛造でしかできない。996のヌメッとしたホイール・デザインは鋳造で作られている。カーボン・ホイールは最近出来た新しい製法で、何より軽量に作れるのが利点。ただし値段は目玉が飛び出るほど高い。


個人的にはホイール・デザインは好きなプロジェクトの一つだ。最近は5、7、10とスポーク数を決めてさえおけば、自動で残りのスポークを描写してくれるソフトもあるので、昔に比べて格段に作業が簡易化された。モデリングに関してもそうで、それこそ昔はクレイでスポークを一本ずつ造形していた。


もしデザイナーがスポークのデザインを少し変更したいといえば、モデラーはそれをスポークの数だけ繰り返し作業しなければいけなかったのだ。それが本スポークであったら……。私がモデラーならきっとブチ切れることだろう。そんな手間がなくなったのもコンピューターさまさまである。


スタイル・ポルシェにはホイールに関してスペシャリストがいる。彼の名前はミヒャエル。ポルシェに勤 めて40年以上というスタイル・ポルシェの主みたいなおじさんである(むろん、私もおじさんであるが)。その見かけも半端なく、身長はゆうに190cmを超え、体重もおそらく130kgを楽々と超えるであろう。声も図太く低くて、話すとその声はお腹の底から聞こえてくるような物凄い貫禄のある人だ。握手するとその手は野球のグローブの様に大きくて、毎回握りつぶされるかもしれないとこっちも力を入れて握手しないといけない。


彼は元々社内の木型職人であったのが、何かの縁でスタイリングに移動してきた。そこからはもうホイール一筋である。彼はポルシェの全てのホイールを制作し、時にはデザインまでしてきた。その彼ももう60歳。このあいだ社内で還暦のお祝いパーティーがあった。スタイル・ポルシェの内にも世代交代の風が吹いてきているのだ。


文とスケッチ=山下周一(ポルシェA.G.デザイナー)

(ENGINE2018年12月号)


山下周一(やました・しゅういち) /1961年3月1日、東京生れ。米ロサンジェルスのアートセンター・カレッジ・オブ・デザインで、トランスポーテーション・デザインを専攻し、スイス校にて卒業。メルセデス・ベンツ、サーブのデザイン・センターを経て、2006年よりポルシェA.G.のスタイル・ポルシェに在籍。エクステリア・デザインを担当する。

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