ポルシェのエンジニアとして、エンジンの開発に携わり続けたハンス・メッツガーが90歳で亡くなった。彼なくしてレース・フィールドにおけるポルシェの栄光はなかったという、その足跡をたどる。
ポルシェで37年間にわたって一貫してエンジン畑を歩み続け、歴史に名を残す数多くの名機を生み出した天才エンジニア、ハンス・メッツガーが、6月10日に90歳で亡くなった。
メッツガーは1929年シュトゥットガルト郊外のオットマルスハイムという小さな村で旅館を経営する両親のもとに生まれた。子供の頃から飛行機や機械が好きだったという彼は、ポルシェ356に大きな衝撃を受けスポーツカーを作りたいという想いを抱き、名門シュトゥットガルト工科大学を卒業後、1956年にポルシェに入社する。
技術計算部門に配属された彼は、F2用の空冷1.5Lフラット4"タイプ547"ユニットや、F1用空冷1.5Lフラット8"タイプ753"ユニットの開発に従事する。このタイプ753ユニットはポルシェ804F1に搭載され、1962年のフランスGPでF1史上唯一の空冷エンジン搭載車による優勝を果たしたものの、その年限りでF1プロジェクトは中止されてしまう。そのかわりにメッツガーに与えられたのは、難航を極めていた新型スポーツカー用のエンジンの開発作業だった。
彼はレースでの経験を活かし、エンジン自体の構造をOHVからSOHCに変更し、オイル潤滑方式をドライサンプにするなどの解決策を提案する。こうして完成した空冷フラット6ユニットを搭載したスポーツカーこそが、1963年に発表された911である。
1965年にフェルディナント・ピエヒがモータースポーツ部門を設立すると、メッツガーはエンジンの開発責任者に就任する。そこで彼に任された最初の仕事は、ヨーロッパ・ヒルクライム選手権用のオロン・ヴィラール・ベルクスパイダーの設計であった。
ここで実践された鋼管スペースフレーム、薄肉のFRPボディ、ミッドシップ・マウントした空冷フラット・ユニットというフォーマットは、906、910、908、そして1970年にポルシェ初のル・マン24時間総合優勝をもたらした917まで、連綿と受け継がれることになるのだ。
そんな彼の功績の1つがターボ・エンジンだ。当時、北米Can-Amシリーズを席巻していた大排気量アメリカンV8エンジンに対抗するために、メッツガーたちは917の空冷5Lフラット12エンジンにKKK(当時はエーペルシェペヒャー)製のツインターボチャージャーを装着。バイパスバルブによってターボラグの解消に成功し、1972年に初タイトルを獲得したほか、1973年には8戦全勝という圧倒的な強さをみせつけた。
また、ここで培ったターボ技術は市販の930ターボに活かされ、ポルシェはターボ・エンジンのパイオニアとしての地位を確立することとなる。
1993年に引退するまで、メッツガーは935、936、956、962といったレーシング・スポーツカー用のフラット6ターボだけでなく、マクラーレンMP4/2に搭載された1.5LV6 TAGターボ・エンジン、さらにインディ用の2.65LV8ターボなど、様々なエンジンを作り上げた。
そう、1970年から87年までのル・マン通算12勝、1984年からの3年連続ワールド・チャンピオン獲得を含めたマクラーレンTAGポルシェのF1GP 25勝をはじめとするレース・フィールドでの栄光の数々は、すべて彼が手掛けた仕事なのだ。
2018年のこと。アメリカ・ラグナセカで行われたレーシング・ポルシェの祭典、レンシュポルト・リユニオンVIの会場で、メッツガー本人に話を聞いたことがある。
"マイ・ベスト・エンジンは?"という問いに対し、1.5LV6TAGターボと、914に搭載された2Lフラット4OHVの2種類を挙げた彼に、続けて「ポルシェの凄さは何か?」と投げかけてみた。
すると周りにいたガイス・フォン・レネップ、マンフレート・シュルティ、ルディ・リンスといったレジェンドドライバーたちが異口同音にこう言った。
「壊れないことだ。もちろんレースの最後までトップで走ったままね。まさにハンスのおかげさ」
その言葉を聞いて、嬉しそうに静かに頷くメッツガーの姿に、生涯をエンジンに捧げた男の生き様を見た気がした。
文=藤原よしお
(ENGINEWEBオリジナル)
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