2020.08.21

CARS

最初のコーナーは横向けて入って行く!? 自動車ジャーナリストの国沢光宏さんの人生を激変させた日産と三菱の名車とは

ラリーが大好きな自動車ジャーナリストの国沢光宏さん

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これまで出会ったクルマの中で、もっとも印象に残っている1台は何か? クルマが私たちの人生にもたらしてくれたものについて考える企画「わが人生のクルマのクルマ」。自動車ジャーナリストの国沢光宏さんが選んだのは、「日産ブルーバード」。国沢さんの人生観を激変させた理由とは?

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価値観が変わった!

場所は千葉の飛行場の跡地。 バイク乗りだった青年が、競技用の ラリー・カーにはじめて乗って、 ブッたまげた。

「最初の一撃!」は自動車部の先輩が乗っていたブルーバード510のラリー車でしたね~。文字通り価値観が変わるほど超絶驚いた! 1977年のことです。当たり前のことながら“全開で走る競技車両の隣に乗る”なんて経験などしたことがない。というか、バイク乗りだった私はクルマを舐めてましたね! 当時、スーパーカーブーム(サーキットの狼は75年連載開始)が始まっており、街中でフェラーリBBやカウンタックに乗ってる人もボチボチ出てきていた。もちろん911とかマスタング・マック1なども走っていて、信号で勝負したものです。



今になって思えばスーパーカーの皆さんはクラッチを減らしたくなかったのかもしれないが、350ccの2ストバイクだと負け知らず! ワインディング・ロードに行っても「我に追いつく敵機無し!」状態。そんな気分で自動車部に入ったら、先輩がフルチューンのラリー車に乗っていたのだった。大学ラリーと言えば、リアシートに計算係りを3人乗せて……みたいなイメージだけれど、先輩の510はソレックスを付けて吸気音鳴らしまくり! グラベル・タイヤまで履いていたほど。シートは伝説になってる大森のフルバケだったことを今でも思い出す。

場所は合宿で使っていた「千葉の横芝飛行場跡地」のコース。ナビ・シートに座ってベルト締め、走り出した瞬間からクルマに恋しちゃいました~。絶対的な速さでこそバイクに届かないものの、ブレーキングとコーナリングの安定感がハンパない! バイクだったらおっかなびっくりになるガレガレの朽ち果てたコンクリート路面を、左右に振られながらも完全にコントロールされて走っているのだった。その時点では普通免許を持っていなかったのだけれど(東京の中野だと家でクルマ持っている人を除けば免許取っても乗る機会など無かった) 、これからはクルマだな、と思った次第。

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