356の誕生から71年。ポルシェがこれまでに世に出したすべてのプロダクトの中から、もっぱらデザインに焦点を当てて、ベスト10を選んだらどうなるか。ただ一人の選考委員は、連載「ポルシェをデザインする仕事」でおなじみの現役日本人ポルシェ・デザイナー、山下周一氏だ。
デザイナーたちが集まると、必ずと言っていいほどクルマの話題に花が咲く。〝今どのクルマが欲しい?″〝今度の○○○はどうだ?″〝今1台だけ買うとしたら何がいい?″とか、〝5台買えるとしたなら何を選ぶ?″や、〝1台だけもらえるけど、絶対転売できないとしたら何をもらう?″とか、〝今の給料と住んでいるアパートのまま1台もらえるなら何がいい?″。挙句には〝もしアラブの富豪に、10台なんでもいいから言ってみろ、全てお前にプレゼントしてやるから、と言われたら何にする?″などといった妄想レベルの話まで飛び出す。
そんな時に必ずと言っていいほど話題になるのが、これまで世に出たクルマのベスト10は何かという話である。初めて自動車が世に出てから100年あまり。その間様々なクルマが世に生まれては消えていった。そんな中で、ポルシェは必ずと言っていいほどそのベスト10の中に含まれていた。昨年、ポルシェは最初のクルマである356がオーストリアのグミュントで生まれてから70周年のメモリアル・イヤーを祝うことが出来た。356に始まり、550、そして911に続くスポーツカーだけでなく、カイエン、パナメーラといった新しい分野にも果敢に参入し、様々なプロダクトを生み出してきた。
今回は僭越ながら独断と偏見によって私のポルシェ・ベスト10を選んでみたいと思う。選ぶにあたり、今回は出来るだけデザイン、とりわけスタイリングに絞って評価した。対象は市販車だけでなくレース・カー、コンセプト・カーまで広げてみた。では、いってみよー!
1991年に発表された944の後継車。シルエットは944そのままで共用部品も多い。944自体は個人的にはそれ程心を動かされるプロダクトではなかったが、ポルシェらしいアップデートをあの経営難の時期に知恵を絞って織り込んでいるところにスタイル・ポルシェの意地を感じる(残念ながらビジネス的には決して成功とは言えなかったが)。うねりを持ったフロント・ブリスター・フェンダーや、当時のポルシェの新しいブランド・アイデンティティであるヘッドライトの下を回り込むボンネット・シャットライン・グラフィックス、928と同じように立ち上がるヘッドライト、精緻なリアライト・グラフィックも好きな点である。フロントの真ん中に開いたインテークもカエルっぽくて可愛い。
生まれて初めて買ったポルシェがパリダカ・ポルシェである。パリからアフリカ大陸、セネガルの西の端ダカールまで約1200㎞を20日ほどかけて争う世界一過酷なラリー、パリ・ダカールに参加するために作られたラリー・カーだ。残念ながら諸事情により今ではその場所を南アメリカに移し規模も縮小して行われている。私が購入したのはもちろん本物ではなくタミヤから出ていた12分の1サイズのラジコン・カー。とはいえ、そのスタイリングに惚れ込んだのはまぎれもない事実だ。959がグルッペBとして最初に発表されたと記憶しているが、私の心に響いてきたのは、パリダカ・ラリー仕様の959であった。一体化されたリア・スポイラーやジャッキ・アップされたその異様なプロポーション、大口径のタイヤ、白と青に塗り分けられたロスマンズのカラーリング、そして、まぎれもないそのポルシェ911のフォルム。どれを取ってもドキドキさせられたものである。レースでの輝かしい活躍(1、2フィニッシュ)を思い浮かべながら、ラジコンのプロポを握り、空き地で走らせた。舞い上がる土煙に恍惚としていた、その直後に車を襲った悲劇(前部大破!)も今となっては懐かしい。また発売してくれないかなあ。
968登場後の1993年に発表された新型911。いわゆる〝最後の空冷″である。そのお陰で今でも大変人気が高い。930からずっと共用のキャビンを使いながらも見事にモダンにまとめてある。デザインを担当したのはトニー・ハッター。当時のチーフ・デザイナー、ハーム・ラガーイの下でまとめ上げた。トニーは今でもポルシェで働いている。昔ながらにゆっくりと時間をかけて作り込んで行った最後のポルシェといっても過言ではない。当時の開発過程の写真を見ると、フロント、リアともにフェンダーの基本面作りから行なっている。大きな2つ、ないしは3つの基本面を作り、その接線(稜線)を角で残し、全体を見ながらその接線をコントロールして最後に角を丸めていくのだが、この方法だとどうしても面の表情が機械的になりがちで、デザイナーもモデラーもよほどの経験、熟練度が無いとなかなか情感溢れる面を作るのが難しい。今ではこんな作り方をしているところは無いだろう。しかしながら、実車を見るとフロントなどホイールアーチが見事にフェンダーと一体化していて実に気持ちがいい。さすがである。この時期は会社が厳しい状態であったにもかかわらず、フェンダーの一部分の造型に半年もかけていたらしい。キセノンを使った当時としては最高にモダンなヘッドライト、クロームを鍵穴部分に品良くインサートしたドア・ハンドルなど、ディテール処理も洒落ている。
1989年のフランクフルト・ショウで発表されたコンセプト・カー。その特異なスタイリングは歴代ポルシェの中でも異彩を放っている。964をベースとして911初となる4WDのイントロダクションとして開発され、その後の993のデザインにも影響を与えた。デザインしたのはイギリス人デザイナー、スティーブ・マーケット。彼は初代カイエンのデザイナーでもあり、今も現役で私の前の席に座っている。かなりのカー・エンスージァストで、964や928といったポルシェのほか、ランドローバー・ディフェンダー、シェルビー・コブラ・デイトナ・クーペ(!)などを所有している。私が学生の頃、このパナメリカーナのミニカーが欲しくて、ドイツで方々探し回りやっと87分の1の小さなミニカーを見つけた記憶がある。まるで蛙のようなグリーンメタリックの塗装に身を包み、むき出しのハイプロファイル前後タイヤ、フェンダーから造られたかのようなボディーセクション、ピンクのジッパーで開く屋根。どれを取っても質実剛健なドイツ・デザインを微塵も感じさせないような遊び心にあふれている。タイヤのポルシェ・ワッペン型トレッド・パターンもナイス・アイデアだ!
言わずと知れたル・マンで数々の伝説を作ったレース・カー。917にも色々あるが特に映画『栄光のル・マン』でスティーブ・マックィーンが運転した917K(ショート・テール)がかっこいい。あくまでも低いフロント、キックアップしたリア、むき出しのギアボックス、低く小さなキャビン、垂直に2本立ったリアカウルのフィン(但し映画内の917には付いていない)。ガルフ・カラーのボディ。このマシンがこの後のポルシェ・スタイリングに与えた影響は大きい。カレラGTのフェンダー造形、ヘッドライト内レイアウトは明らかにこのクルマの影響を受けているし、最近では982ボクスターのフェンダー及び縦型のヘッドライトは、まさにこの車へのオマージュといえよう。さらに918に至っては現代版の917ストリート・カーといっても過言ではあるまい。5月中頃からポルシェ・ミュージアムで開かれている917の50周年を祝う特別展で917のコンセプト・スタディが展示されている。これは917を現代風に再解釈したらどうなるかというスタイリング主導のスタディ・モデルである。シュツットガルトにお越しの際は是非ご覧あれ。
911の原点である901型をそのままモダンにしたのが1989年登場の964型である。930になって大型のいわゆる5マイル・バンパーが付き、いささかシンプルさが損なわれた911であったが、この964になって、バンパーはシンプルにボディと一体化され、ボディのあちこちに付いていた黒のモール類も消えてスッキリした。
これが発売されたのが、私がちょうどアメリカのアートセンターでの学生生活を始めた時期であったので、当時のことはよく覚えている。最初に衝撃を受けたのは、そのカラー・ラインナップであった。いわゆるドイツっぽい白、黒、グレーなどという無彩色は前面には出ず(当然用意されていたとは思うが)赤、紫、ピンク、ライトグリーン、ブルーなどといった明るい色使いに加え、それに呼応するように用意された、またまたカラフルな内装色の数々がカタログや雑誌の表紙にコミュニケーション・カラーとして掲載されていた。とうとうポルシェにもイタリア人のデザイナーが入ったのか!と思ったものだ。
964において特筆すべきは、やはりアダプティブ・スポイラーの登場であろう。いわゆるフライ・ラインといわれる911独特のサイド・ビュー・プロファイルを崩すことなく十分なリア・タイヤへのトラクションを得るためにそそり出てくる電動式のスポイラーは、今ではポルシェの代名詞となっているが、ここから始まったものである。個人的には余りクラッシック・ポルシェには興味はないが、もし手に入れるとなれば迷うことなく964を探すであろう。10年程前には日本で200~300万円台で買えた中古の964が今では倍以上もするらしい。うれしいような悲しいような……。
言わずと知れたポルシェ初のスーパーカーである。2000年のパリ・ショウでコンセプト・カーが発表され、03年にそのプロダクション・モデルが登場した。これぞブレス・テイキング・デザイン!ポルシェに一層の憧憬と尊敬の念を抱かせてくれたクルマである。デザインしたのは、ポルシェのレジェンド・デザイナー、グラント・ラーソン。現在に至るポルシェ復活のきっかけを作ったボクスター・コンセプト、ならびにプロダクション・モデルのデザインを担当したのも彼だ。アートセンターの先輩でもあるグラントは根っからのポルシェ・エンスージァストで、4台ほどクラッシック・ポルシェを保有する。今でも現役バリバリのデザイナーで、最近では935フラットノーズ、991スピードスターをまとめ上げた。私も997スピードスターのプロジェクトに参加した時に、一緒に仕事をする機会を得た。
余り知られていないが、1990年代後半、スタイル・ポルシェは一時アメリカにスタジオを持っており、このカレラGTも最初アメリカで進められた。その後ドイツに戻って最終的に仕上げられた。コンセプト・カーとプロダクション・カーでは、プロポーション、ディテールが違うのだが、ほとんど違和感はない。むしろプロダクション・バージョンの方がリアリティがあっていいぐらいである。
前述の917にインスパイアされた前後フェンダーの造型、その間に挟まれ、タブ構造を視覚化したボディ中央部。ミッドシップにマウントされて、メッシュを通して見えるV10エンジン。いずれのデザインも素晴らしいが、なんといってもこのクルマのハイライトは骨格となるカーボンファイバー製シャシーである。これがもうオシッコをちびるぐらいカッコいい。
スタイリング部門もその設計過程にかなり関わっている。エンジンをはじめとする機能部品の数々が、クリアコーティングされたタブ状ケージと籠状のサブフレームにマウントされ、サスペンションにいたってはカーボン製シャシーのインボードに直接、地面に対し水平に取り付けられる。素材の異なる様々な機能部品たちが、その精緻さと無機質感とで一種の緊張感を作り出し、そこに究極の機械美が生まれる。
外装色のシルバーはGTシルバーと呼ばれ、現行のパナメーラや911でもオプションで選択できる。ザ・ポルシェ・シルバーといってもいいくらいに素晴らしい色である。黒や白、最近ではフルレストアされオーク・グリーン・メタリックに塗装された個体も見たが、やはりカレラGTはシルバーに限ると思っている。
第7世代の911。私がポルシェ入社と同時に携わった最初のプロジェクトでもある。現ポルシェ・スタイリング部門の部長、マイケル・マウアー指揮の下で完成したが、実際にそのスタイリングを担当したのは現エクステリア・デザインの責任者、ピーター・ヴァーガだ。当時、彼はまだ入社1年目のペーペーだった。その彼が名だたるポルシェ・レジェンド・デザイナーたちを振り落としてウィナーとなったのだ。ハッキリ言って、天才である。いずれその天才ぶりを書いてみたいが、ヨーロッパがいかに実力主義であるかがよくわかる話だと思う。ここでは991のスタイリングについて触れてみたい。まずそのプロポーション。歴代911の中でも1番1番低く、幅広い。さすがマイケルたちが全身全霊を注ぎ込みリファインしていっただけあり、破綻がない。陸上競技アスリートを彷彿とさせるボディ、フェンダーの造形。無駄な筋肉が一切ない。フロントにおいては3次元化されたヘッドライト。ワイド感を強調するためにあえてコーナーにレイアウトされ、なおかつインテークのグラフィックと一体感を作る補助灯のデザイン。シンプルでありながら後部の立体感を強調する薄いリア・コンビネーションランプまわり。全体のボリューム感を減らすため、あえて脚と本体を切り離したリアビュー・ミラー。彫りの深い精緻な20インチ・カレラ・ホイールなど、すべてピーターのデザインである。それらのプレゼンテーションのたびにマイケルが大きく頷き、ほぼ即決で「これでいこう」と言ったところからも、ピーターの天才ぶりが見て取れる。その前までの911(996と997)はボクスターと外板が供用され、そのお陰でスタイリングが一部犠牲になったと言われているが、実は991にもボクスターとの共用部品がある。それを全く感じさせない程高いデザイン・レベルには恐れ入る。
今でも道に停まっている928があるとじっくり見てしまう。それ程このクルマは様々なスタイリング・アイデア、デザイン要素に富んだ傑作だと思う。まず何と言っても目を引くのが40年たった今でも全く古さを感じさせない、そのプロポーションであろう。現行911と余り変わらない寸法であるにもかかわらず、かなりコンパクトに見える。あくまで低いボンネット、一体感のあるキャビン。後方に回ると991にも大きな影響を与えた立体感のあるリア・コンビネーションランプが目を引く。3次元に成型されたリアクオーター・ガラス。ポルシェ・ロゴがエンボス加工された樹脂製リアバンパーも、この車をモダンに見せるのに大きな役割を果たしている。前に回ると目に付くのが丸いヘッドライトだ。完全収納型にすること無く、あえて露出させてキャラクターを創り出すのに成功している。後部と同様に一体化したバンパー。意外と気付かないがサイド・ウインドウにも新しい挑戦をしている。このサイド・ウインドウは台形をしているが、よく見るとモールがない。モールとは窓を上下に動かすレールのこと。どのクルマにも必ず付いているが、928にはない。それでいて窓は完全に降下する。ドアにはドア・ハンドルの窪みも付いており、一体どこにウインドウが収納されるのか、魔法みたいなものである。もう一つ付け加えておきたいのがインテリア。40年以上前のクルマにドアからインパネまで続くラップアラウンドしたスタイリング・テーマが施され、ドライバーを中心に考えたステアリングと共に上下移動するインストルメント・パネルが使われているのだ。当時のデザイナーはタイムマシンでも持っていたのか。
「最新のポルシェこそ最良のポルシェである」というポルシェ博士の言葉ほど、デザイナーを勇気付けてくれるものはない。特に911のようなブランドのコアの部分を支えるプロダクトをデザインする時、デザイナーは臆病になりがちである。しかしながら、新しいものを作ることに挑戦しなさいと励ましてくれているかのようなこの言葉は、まるでデザイナーの震える腕をとって大きく羽ばたかせてくれる魔法みたいなものだ。まずプロポーションから見ていこう。全体的に少し大きくなってはいるが大きな変更はない。991では4Sに供されていたリアの幅広いトラックが992では全車に標準となり、同時にフロント・トラックも拡げられ、よりグラマラスな造形が可能になった。21インチにサイズ・アップされた後輪を包み込むボリューミーなフェンダーと相まって、全体的により筋肉質になった。フロントにおいてはバンパー・シャットラインなどが見直され、以前よりシンプルになった。ランプの下を左右いっぱいに走るシャットラインや、新しく角のついたヘッドランプ・ガラスの造形は930へのオマージュとも言える。フロント下部のグラフィックスは、黒のインサート内に全てレイアウトされシンプリファイされた。リアは992において一番の萌えポイントであろう。まず何と言っても業界最長、分割のない日本刀のようなリア一文字型ライト。夜この車を後ろから見ると、バシッという音が聞こえてきそうなほどキリッとした横一文字の光が、992であることを主張している。よりシンプルになったスポイラーとリアデッキのシャットライン。フロントと同じく黒のインサート内にまとめられたライセンス・プレートを始めとする数々のディテール。エアインテーク・ルーバーと同じく縦型に配置された新しいブレーキ・ランプも新型911を特徴付けるスタイリング要素の一つである。
長々と独断と偏見に基づいたマイ・ベスト10を書き綴ってきたが、あくまで個人の主観であり、今の気分に基づく選定であることを今一度お断りしておく。こうやって見てみると、やはりポルシェ・スタイリングのコアとなるのは911であり、レーシング・スポーツであることに今さらながら気付かされた次第である。さて、次世代911には、一体どんなスタイリングを身にまとわせようか……。
文とスケッチ=山下周一 写真=ポルシェA.G.
(ENGINE2019年8月号)
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