コロナウィルスは私たちに大きな衝撃を与えた。一方、いま最も衝撃的なクルマといえばこのGTAだ。コロナ禍が終焉した日にはぜひ乗ってみたい。
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初めて乗ったクルマはVWビートルで、運転とはこんなに楽しいものかと感動した。初代ルノー・サンクを手にした時はこんなに乗り心地のいいクルマがこの世にあるのかと思った。200km/hを超える体験をさせてくれたのはサーブ900。20代半ばのことで、今もぐんぐん差し迫る山の景色がはっきり目の裏に焼き付いている。フィアット・ヌオーヴァ500を手にした時は「クルマはこれでいいんだ」と思ったが、ポルシェ911を買った時も同じことを触れ回ったように思う。走行距離15万kmを超えたフィアット・パンダとの暮らしは10年近くなる。下駄を通り越して今や皮膚のようで、自己主張しない沈黙の名車に衝撃を受けている。
「わが人生のクルマのクルマ」が何台もあるなど意味を取り違えているか、よほど鈍感なのかと案ずるものの、自分にとって衝撃的な自動車とは知らなかった世界に導いてくれるものなのだと思う。馬齢を重ねても知らない世界はたくさんある。ジュネーブ・ショーがキャンセルになったことでショー・デビューを果たすはずだったGTAはボディに触れることさえできていない。それでも動画で対面、奏でるサウンドや勇ましい姿に、自分の知らない世界に導いてくれると確信する。同時にクルマはその時々の乗り手の心のあり方にハマることで驚きをもたらす。今の状況のなかで自分にはGTAのデビューがもっとも衝撃的であり、とても嬉しく、何より気持ちを揚げてくれる。このクルマと思い出作りはできていないけれど、思い出を作る前に、これほど惹かれる自動車に出合ったのは初めてだ。
勇気が与えられる
アルファ・ロメオの歴史はジェットコースターの如く上昇と下降、ハイスピード期とスローダウン期で埋められている。ニコラ・ロメオの時代から順調で穏やかな成長が続いた時期はない。にもかかわらず強いブランド力をつけ、多くのアルフィスタを生み出したのは、いつの時代も先進技術を武器に、それをデザインと融合させ、レースで勝利を重ね、勝利を乗り手と分かち合うような生産車を提出したからだろう。エンジニア、デザイナーから社長まで、アルファは常にオールスター軍団で自動車を作った。個性的な人間の顔がたくさん見えることと、転んでもタダでは起き上がらなかったその歴史に、今は殊の外勇気を与えられる。
アルファ・ロメオはすでにクルマが技術的にも存在としても迷走中の2016年に、「後輪駆動セダン・ジュリア」というひとつの答えを提出した。それは時代の風に逆らうものだった。あの時も感動したが、今回はさらに逆行したということになる。カーボンファイバーの多用による100kgダイエット、ザウバーが手掛けたというエアロ・キット等による空力性能の向上、サスペンションの見直しによるハンドリングの向上から、ちらりと貼られたアウトデルタのステッカーまでやる気満々。2.9L V6ターボ・エンジンは540馬力を獲得したという。エコロジーもサステナブルも影を潜めている。メッセージはひとつ、「走ってみろよ」。いいなぁ、こういうの。
不運なタイミングでデビューしたことで、本国イタリアでも封鎖中ゆえにロード・インプレッションは上がっていない。「走ってみた」ジャーナリストはおらず、それどころか生産もストップしているはずだ。それでも走る前からこれほど注目が集まることは前代未聞。多くのアルフィスタが「出した」ことを高く評価する。同感だ。個人的に強く惹かれるのは、「存在」としてのGTAだ。こういう自動車が今の時代に送り出されたことに感銘を受ける。
移動の自由とスピードを具現化した乗り物が大きな曲がり角にさしかかった時代に、ウィルスによって世界のあちこちで自動車乗りが不動を余儀なくされている。アルファ・ロメオが110年の節目を迎えた年のこと。この巡り合わせも不思議である。
コロナ禍が終焉した日にはぜひ乗ってみたい。「わが人生のクルマのクルマ」として綴ってみたいと思う。今、ジュリアGTAを希望にしながら私は生きている。
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文=松本葉(自動車ジャーナリスト)
(ENGINE2020年7・8月合併号)
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