新しいメルセデス・ベンツSクラスが日本の路上を走り出した。さっそくガソリンとディーゼル、2台の異なる仕様のSクラスを借り出して試乗し、自動車評論家の島下泰久氏と3人のエンジン編集部員が、語り合った。
村上 待ちに待ったメルセデス・ベンツSクラスがついに日本上陸した。
上田 世界公開は昨年9月で国内発表が今年の始め。コロナ禍でお披露目はすべてオンラインでしたね。
島下 何度か参加した事前のワークショップもすべてオンラインです。
村上 実はそのおかげで「すごいのが出るぞ」っていう噂だけは耳にしていたんだよ。本当にそんなにすごいのかな? と思って乗ったら、これが本当にすごかった(笑)。
上田 今回試乗した2台は、ルビーライト・レッドのほうが3リッター直6ガソリンにISG(インテグレーテッド・スターター・ジェネレーター)を組み合わせたS500でロング・ホイールベースの右ハンドル仕様。オニキス・ブラックのほうが3リッター直6ディーゼルのS400dで、標準ホイールベースの左ハンドル仕様です。
村上 最初に乗ったのはS400dだったけど、ほんの少し乗っただけで「これはすごい!」とわかった。これまで乗ったクルマの中では、ロールス・ロイス・ゴーストと双璧を成すくらいのラグジュアリーかつスポーティなドライバーズ・カーだと思ったよ。ステアリングの感触がすごく滑らかで、それでいて路面のインフォメーションが鮮明に伝わってくる。ワインディングも高速道路も、印象は全然変わらない。乗れば乗るほど、もっと走りたくなる。
新井 特にS400dは、驚くほどすべてのことに統一感があると思いました。ステアリング・フィール以外にも、ディーゼルのトルクの出方や、乗り心地もそうです。サスペンションはフランス車的で、スポーツカーみたいに一発で抑えようとせず、余裕のあるゆったりした動き。
村上 押さえ込み系じゃないよね。運転しているところからすごく遠くで、トーン、トーンって路面の凹凸をいなしている感じ。
新井 もちろん走行モードでスポーツやスポーツ+まで選べば別ですが、コンフォートだと、あれ? これってメルセデスだったっけ? っていうくらい動きが緩やかでした。
島下 先代の初期型はランフラット・タイヤの当たりが硬めでしたが、モデルライフ後半はまろやかなものになっていた。だから乗り心地は延長線上にあると思います。でも、だからこそハンドリングの切れ味が格段に良くなったのにはビックリ。切り込んだ瞬間から一体感もある。
村上 すごいよね、ドライバーズ・カーとはこういうものだっていうお手本みたいなクルマになっている。
上田 S400dでも全長5.2mなんですが、どこへ行ってもそんな大きいクルマと思わなかった。密度が高いというか、凝縮感があるというか。すべてが自分の範囲の中にある。
村上 一体感があって、対話ができるからボディが小さく感じられる。加えて、今回のSクラスから後輪操舵が加わったのも大きい。前を走るSクラスを追いかけていると、後輪操舵がいろんな場面で働いていることがよく分かる。でも、一番すごいのは電子制御がものすごく入っているのに、それをまったく感じさせないくらい自然だってこと。
島下 4輪操舵でリア・タイヤをどう動かすか、丹念に丹念にやっている。
上田 ドイツ本国には後輪駆動モデルもありますが、日本仕様は4輪駆動の4マチックのみ。前後の駆動力配分は45:55で固定だそうです。
村上 でも4輪駆動っぽさはないよね。むしろ山道だと、後輪駆動のように曲がる感じがする。
島下 すべての技術がSクラスがSクラスであるために使われているんですよ。ワークショップでインテリアが事前に公開されたんですが、その時は正直懐疑的だったんです。Sクラスは技術的な最先端であるいっぽう、ラグジュアリーの極みでもある。それなのに一気に今風の、言うなればドイツのプレミアム・セグメントに挑んできたテスラの土俵で勝負するってことですからね。
上田 でも、いざ出てみたら……。
島下 例えば色が変わるだけだったアンビエントライトは空調の操作に合わせて光ったり、後ろからクルマが来ているのにドアを開けようとしたら点滅して知らせたりと、ちゃんと機能的にも必然のもの、いわば次の段階のアイテムに進化していた。
上田 Sクラスかくありき、ということをちゃんと考え抜いた上で、技術をそのために使ってきたと。
島下 僕も村上編集長と同意見で新型Sクラスは明らかにドライバーズ・カー寄りになったと思います。ゴーストもそうですが、昔は後席に座るのが当然のクルマが、今のオーナーはどんどん運転するようになった。
上田 世界的に若き成功者も増えて運転席のプライオリティが上がった。
村上 確かに今までSクラスは比較的ホイールベースが長い方が印象が良かったけど、今回は短い方が中心に据えられている感じがしたよ。
新井 今回の2台、ハンドルの位置もパワートレインも車体の長さも違うから、何が理由かはっきりとは分かりませんが、結論だけ言えばS400dの方がピントが合っていた。
村上 S500もISGとの組み合わせは悪くなかったけどね。
新井 モーターの押し出し感が薄れたというか、自然になった。
上田 でもあのS400dのインパクトはすごかった。最初は本当にこれってディーゼル? って思った。
村上 素晴らしく良かった。スポーティさといい静粛性といい、滑らかさといい、すべてにおいて完璧。
島下 ほかのメーカーがディーゼルを諦めようかという時に、メルセデスはコツコツと開発を続けているわけじゃないですか。やっぱりそれだけの意味も、価値もある。
村上 そう言わざるを得ないよね。
新井 以前技術者と話したんですが、噂される次の規制のユーロ7も「技術的には全然大丈夫」って言ってました。ただ、商品化はコストの面も課題になるとは思いますが。
島下 直6は排ガス後処理系が1本化できてコストが抑えられる。ガソリンとディーゼルの基本設計を同じにできて生産ラインの自由度も増す。でもそんな理屈はともかく見事に味わいのあるものになっていた。
新井 欧州ではディーゼル離れがはじまっていますけど。ここまでいいと、ぜひとも続けて欲しい。
島下 それに車体もいい。アルミを60%使うモノコックはピラーに発泡遮音材を入れている。自分たちの価値を常に考え続けているんですね。
村上 何か1つ、飛び道具を使ってすごく良くなった、っていう話じゃないよね。基本を1つ1つ、しっかり詰めていったというか。
島下 例えるなら、管弦楽団の中に1つだけ電子楽器が入っても、それを際立たせたりせず、ちゃんとオーケストレーションしている。指揮者自身もけっして1人のスター・エンジニアじゃない。Sクラスはこうじゃなくちゃ、って思っている人がいっぱいいて、その集合知みたいなものが指揮している。
新井 20年以上前、W220(2代目Sクラス)が出た頃に、古いエンジニアの多くを入れ替えて、メルセデスはトヨタになる、とか言われましたよね。でも四半世紀を経た今このSクラスに乗ると、かつてと同じようなものになっている気がします。
村上 最先端技術を一番盛り込んでいるのに、出てきたものの乗り味がいちばん根本的というか、ドライバーズ・カー的だった。
島下 らせん階段を登っている感じかも。座標は同じようなところだけど、実はすごく高みにいる。
村上 最初にロールス・ロイス・ゴーストと双璧だって言ったけど、Sクラスは実用車をどんどん良くしていった結果の高級車っていう感じがする。でもロールス・ロイスは目に見えるもの、手に触れるもの、何から何までを超越したものをつくろうとしている。
島下 僕も村上編集長と一緒でアナログの針が動いている方が情緒があって好きですけど、でも今、最上質の実用車を造ろうとしたら、インテリアは必然的にこうなるし、このSクラスが道具としての究極の姿であることは間違いないですよね。
上田 細かな調整とかは事前に学ぶ必要があったとしても、パッと乗ってクルマを動かすことに関しては、何も困らないですし。
村上 それが彼らの基本だからね。これからのSクラス
上田 あとは今後Sクラスがどうなっていくか、ですね。今のところV8エンジンの搭載は未定。より緻密に足まわりを制御するE-アクティブ・ボディコントロールも未搭載。さらに60km/hまでの、レベル3の自動運転はドイツで秋に開始です。
新井 同じ車台のマイバッハもあるよね。Sクラスのロングホイールベース仕様よりさらに長いボディでどういう仕立てになっているのか。
村上 今回のSクラスのショートホイールベース仕様はドライバーズ・カーをつくろうとする感じがはっきりしている。
島下 かたやマイバッハは逆に間違いなく後席のクルマだ、ということになっていたら……もう参りましたってことですね(笑)。
村上 もう1つ、今のようなクルマが今後どうなっていくかを考えたら、残るのはプレミアム市場とスポーツ市場になると思う。Sクラスも自動運転を推し進めていくとは思うけど、みんながそうなると、Sクラスの存在意義は? ってことになる。
島下 先代Sクラスが出たとき、世間は自動運転&運転支援狂想曲状態だった。今はEV狂想曲ですね。それでもメルセデスは冷静に、今回のSクラスのようなドライバーズ・カーをつくってきた。自動運転をみんなが待っているかと思いきや、Sクラスを買うような層は意外やアクティブで、自ら運転をしたがっている。ステアリングを握っている時って、日常の面倒くさいことを忘れられて、アイデアが浮かぶってよく言いますよね。エグゼクティブたちはそういう時間を求めているのかも。
村上 うーん、やっぱりこれぞSクラス、これぞメルセデス・ベンツっていう感じがするな。
島下 そうですね。まだ見せていない未来も、めちゃくちゃ楽しみですし。しかし、これまでになく、自分で乗ってみたいと思うクルマでした。自分も年を重ねたのもあるでしょうけど、それよりスポーティで軽快で、未来的でもあるからかな……。
上田 いやはやSクラスにそんな思いを抱くことになるとは、正直想像もしていなかったですね。
話す人=島下泰久+村上 政(ENGINE編集長)+新井一樹(EMGINE編集部)+上田純一郎(ENGINE編集部、まとめも) 写真=柏田芳敬
■メルセデス・ベンツS400d4マチック
駆動方式 フロント縦置き
エンジン 全輪駆動
全長×全幅×全高 5210×1930×1505mm
ホイールベース 3105mm
トレッド(前/後) 1650/1650mm
車両重量 2180kg
エンジン形式 直列6気筒DOHCターボ・ディーゼル
排気量 2924cc
最高出力 330ps/3600-4200rpm
最大トルク 700Nm/1200-3200rpm
トランスミッション 9段AT
サスペンション(前) マルチリンク+エア
サスペンション(後) マルチリンク+エア
ブレーキ(前後) 通気冷却式ディスク
タイヤ(前/後) 255/40R20/285/35R20
車両本体価格 1293万円
■S500 4マチック・ロング
駆動方式 フロント縦置き
エンジン 全輪駆動
全長×全幅×全高 5320×1930×1505mm
ホイールベース 3215mm
トレッド(前/後) 1650/1650mm
車両重量 2250kg
エンジン形式 直列6気筒DOHCターボ
排気量 2996cc
最高出力 435ps/6100rpm
最大トルク 520Nm/1800-5800rpm
トランスミッション 9段AT
サスペンション(前) マルチリンク+エア
サスペンション(後) マルチリンク+エア
ブレーキ(前後) 通気冷却式ディスク
タイヤ(前/後) 255/40R20/285/35R20
車両本体価格 1724万円
(ENGINE2021年5月号)
無料メールマガジン会員に登録すると、
続きをお読みいただけます。
無料のメールマガジン会員に登録すると、
すべての記事が制限なく閲覧でき、記事の保存機能などがご利用いただけます。
advertisement
2024.11.23
LIFESTYLE
森に飲み込まれた家が『住んでくれよ』と訴えてきた 見事に生まれ変わ…
PR | 2024.11.21
LIFESTYLE
冬のオープンエアのお供にするなら、小ぶりショルダー! エティアムか…
2024.11.21
CARS
日本市場のためだけに4台が特別に製作されたマセラティMC20チェロ…
PR | 2024.11.06
WATCHES
移ろいゆく時の美しさがここにある! ザ・シチズン の新作は、土佐和…
2024.10.25
LIFESTYLE
LANCIA DELTA HF INTEGRALE × ONITS…
2024.11.22
WATCHES
パテック フィリップ 25年ぶり話題の新作「キュビタス」を徹底解説…
advertisement
2024.11.16
こんなの、もう出てこない トヨタ・ランドクルーザー70とマツダ2 自動車評論家の渡辺敏史が推すのは日本市場ならではの、ディーゼル搭載実用車だ!
2024.11.15
自動車評論家の国沢光宏が買ったアガリのクルマ! 内燃エンジンのスポーツカーと泥んこOKの軽自動車、これは最高の組み合わせです!
2024.11.15
GR86の2倍以上の高出力 BMW M2が一部改良 3.0リッター直6ツインターボの出力をさらにアップ
2024.11.20
抽選販売の日時でネットがざわつく 独学で時計づくりを学んだ片山次朗氏の大塚ローテック「7.5号」 世界が注目する日本時計の傑作!
2024.11.16
ニスモはメーカーによる抽選販売 日産フェアレディZが受注を再開するとともに2025年モデルを発表