2021.06.01

LIFESTYLE

世田谷美術館で展覧会が開催中 世界的建築家の陰に隠れたもうひとりのアアルト

アルヴァとアイノの仕事の中で重要な、ニューヨーク国際博覧会(1939年)のフィンランド館の波打つ壁が、世田谷美術館の会場の許す限りの高さで、実物大で再現されている。製作にはかなりの技術が必要で、日本では最初の試み。当展覧会は兵庫県立美術館にも巡回予定(7月3日~8月29日)。写真:ジョー スズキ

全ての画像を見る

20世紀を代表するフィンランドの建築家、アルヴァ・アアルト。その偉大な功績に隠れたもうひとりのアアルトがいたことを知っていますか?


20世紀を代表する建築家である、フィンランドのアルヴァ・アアルト(1898-1976)。パイミオのサナトリウムや自邸などの建築、スツール60などのアルテック社の家具はよく知られた作品だ。実はこうした代表作に、建築家であった最初の妻、アイノ(1894-1949)が大きくかかわっている。だが、どうしても巨匠のアルヴァにスポットが当たってしまい、彼女の功績は広くは知られてこなかった。そんな中、アイノに焦点を当てた世田谷美術館の展覧会『アイノとアルヴァ 二人のアアルト』が話題になっている。


フィンランドは、先ごろ発表されたジェンダー指数でも第2位となるなど、世界でもトップレベルで男女が平等な国。1906年、世界で最初に女性に選挙権、被選挙権が与えられたのもこの国である。そんな進んだ国でも、100年前はアイノのように大学に行き、しかも建築を学んだ女性は珍しかった。


同じ大学だった二人は一緒に働き始めるとすぐに結婚。ほどなく子供が生まれるが、お手伝いさんを雇いながらアイノは働き続ける。アルテック社のアートディレクターに就任してからは、アルヴァは事務所を兼ねる自宅で働く一方、アイノは毎日アルテックのオフィスに通っていたそうだ。既にこの頃のフィンランドでは女性が働くことは一般的。女性ゆえに不当に扱われたことはけしてない。


アイノ・アアルトとアルヴァ・アアルト  1937年 Aalto Family Collection, Photo:Eino Makinen

共に認め合う才能

アルヴァとアイノは、お互いに影響しあいながら成長していく。間違いないのは、アイノに豊かな才能があったこと。アアルトの仕事として歴史上評価の高いものの多くは、アイノが生きていた時代のものだ。アルヴァは随分とアイノに相談したそうで、彼女の死後アアルトの仕事からは、ある種の輝きが失われてしまったように思う。共同名義の二人の仕事でアイノの役割を明確にすることはできないが、今回の展示品の中で子供部屋やキッチンのアイディアは、アイノによるところが大きいとされている。しかもそうした仕事が、現代の目からしても魅力的なのだ。歴史上、最初に活躍した女性建築家・デザイナーがフィンランドから登場したのは偶然ではないと思う。


アイノ・アアルト、ボルゲブリック・シリーズ、1932年デザイン アイノには自身の名義の仕事も。ガラス製品は魅力的で、今でも製造・販売されているものが多い。
アルヴァ・アアルト、スツール60、1933年 デザイン当時のフィンランドでは十分な鉄が入手できないため、バウハウスやル・コルビュジェのように家具にスチールパイプを使うことは難しかった。そこで、モダンなデザインの家具に、自国に豊かにある白樺を使ったところ世界的なヒットとなり、アルテック社を設立することに。独自の技術でL字に曲げた脚は大量生産に向いたアイディアで、短くすれば子供用の家具に。長いままだとテーブルなどの脚となった。
アイノが設計した家族のための夏の別荘、ヴィラ・フローラ(1926年)の模型。実際に建っており、展覧会場には写真や平面図なども飾られている。
アイノは設計・プロダクトデザイン以外にインテリアの仕事も。展覧会場には、家具だけでなくインテリアも手掛けた1920年代後半の自宅兼事務所にあった子供部屋の再現も。因みにアルヴァはクルマ好きだったようで、すでに1927年にはフィアット509を新車で手に入れている。写真:ジョー スズキ

「アイノとアルヴァ 二人のアアルト フィンランド―建築・デザインの神話」は6月20日まで世田谷美術館(東京都世田谷区砧公園1-2 Tel.03-3415-6011)で開催中 日時指定予約制 詳細は公式ウェブサイトまで https://www.setagayaartmuseum.or.jp

(ENGINE2021年6月号)

無料メールマガジン会員に登録すると、
続きをお読みいただけます。

無料のメールマガジン会員に登録すると、
すべての記事が制限なく閲覧でき、記事の保存機能などがご利用いただけます。

いますぐ登録

文=ジョー スズキ(デザイン・プロデューサー)