ベストよりもドレッシーなニュアンスのジレ。ジャケットとシャツの間に着られるバイプレーヤーが存在感たっぷりのデザインで脚光を浴びつつある。
メンズファッションの要諦は「機能」と「華美」に集約される。源流となった貴族のドレスコードは後者が主だったが、19世紀半ばからの資本主義の台頭により流れが変わる。ビジネススーツに象徴されるように色と柄は自制され、装飾の類は簡素化。動きやすさ、収納力にウェイトが置かれるようになった。
ベストはこうした二面性を象徴するアイテムだろう。大まかには袖なしの胴着を指すが、欧米ではもう少し細かくカテゴライズされている。アウトドアや遭難時に使われる実用的な「ベスト」、ジャケットやスラックスに合わせられるドレス感覚の「ジレ」。そしてこのジレには、貴族たちが追求した着飾る美意識が息づいている。
個性を主張、洒脱を演出
ビジネスカジュアル、そしてリモート勤務の普及が著しい。スーツのプライオリティがかつてなく低くなるなか、こうしたジレの魅力が再発見されつつある。デザイナーの佐々木孝氏が手掛ける「D’etre(デートル)」はその好例。イタリアを中心に服のバイヤーをしながら独学でデザインを学び、ジレに特化したブランドとして2015年に立ち上げた。
国内外から評価を集めるのは独創的な素材へのアプローチ。デッドストックとなっていた欧州の生地メーカーのテキスタイル、日本で着物に仕立てられることがなかった反物などを使用している。テキスタイルはゴブラン織りに代表されるジャカードが主流。表も裏も色糸をすべて使った重厚さがリュクス感を醸し出す。着物地は糸の色を染め分ける絣ならではの繊細な色使い、軽くしなやかな質感が特徴。鮮やかさと奥ゆかしさを両立させている。それぞれ織られた国ならではの質感が表れているのが興味深い。

佐々木氏はジレのポテンシャルを次のように語る。「ジャケットから覗く10cm幅の窓として、着る人の個性を引き立てるアイテムです」
胸と腰にフィットするジレは体を立体的に見せ、Vゾーンのネクタイ以上に印象を残す。シャツ一枚に羽織れば、ジャケットなしでもフォーマル感を漂わせる。
男のおしゃれは「機能」と「華美」の間を振り子のように揺れながら、時代に合わせて進化してきた。ビジネスのドレスコードが曖昧になる現在、ビンテージ生地による一点物のジレは、あらためて装うことの楽しさを教えてくれる。時代、文化、そして固定観念を超えた“温故知新”として試してみる価値は大きい。
文=酒向充英 写真=杉山節夫
(ENGINE2021年8月号)
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