2021.09.12

LIFESTYLE

メルセデスのSUVに乗るトレーナーの家 窓が見えないのに室内は明るい⁈

約100平方メートルの細長い敷地に建つ、段々になった個性的な建物。まるでカフェのようなおしゃれな家には、アウトドア派のご主人と、雑貨を集めることが好きな奥様のこだわりが詰まっている。

下町の雰囲気が残るエリアに

アスレチック・トレーナーの引網善久さん(47歳)一家のお宅。東京都足立区の下町の雰囲気が残るエリアにあって、この外観はかなり目立つ。段々になった建物は、無機質なグレーのうえ小さな窓しか無い。整った形や植栽のセンスから、ガレージのクルマが見えなければ、多くの人は商業施設と思うことだろう。一体この家の内部は、どうなっているのか。そんな引網邸が生まれたのは、様々な問題を建築家と共に解決した結果である。

この家の設計を担当したのは、建築事務所I.R.A.(国際ローヤル建築設計)の綱川大介さん。10年ほど前、腰を悪くして苦しんでいた。それを治したのが、「ゴッドハンド」の持ち主である引網さんだ。引網さんは陸上競技の日本代表チームの遠征に帯同した経験もあるほど。かなりの腕と推察した。

角地に建つ引網邸。カラーに舗装された道路は、かつて用水路だった生活道路。駐車スペースはギリギリだが、このクルマが前提で設計されている。普段はシャッターが閉まっているので、建物の形がより強調されることに。斜めの屋根の下が半屋外の空間。この存在のお陰で、生活道路に沿った住宅だが、通りから家の内部の様子は分からないように。玄関からだけでなく、直接リビングからも出入りできる構造。

綱川さんに設計を依頼したのはこうした縁だけではない。手掛ける住宅がお洒落で、SNSでサーフィンなどのアウトドア・ライフを楽しんでいる姿を見ての話だ。実は引網さん、週に1、2度は出かけるほどのサーフィン好き。色々と理解してくれると判断したのである。メルセデス・ベンツGLC(2017年製)を選んだのも、サーフボードを積むため。仕事で移動することも含め、取り回しが楽なミディアムサイズのSUVにした。それまで乗っていたのはBMW X5。クルマ好きのお客さんから「メルセデスは違う。一度は乗るべき」と強く勧められ興味を持ったのだ。もっとも「BMWから乗り換えても運転が面白いか」との心配もあったが、全くの杞憂。運転を楽しんでいる。



手放せないバイク

そんな引網さんは、奥様から「ずっと乗っていないのだから、手放したら」と言われ続けているバイクのBMWクロスカントリー650を長く所有している。

「モトクロスのバイクを操る楽しさも知っていますが、治療に訪れる方々を随分見ているので事故の怖さも知っています。だから娘ができた時、バイクに乗るのを止めました」と話すが、手放せない。



そしてお嬢さんが小学校に上がる段になり、引網さんたちは家作りを考え始める。なんと言っても当時住んでいたようなマンションは「面白くない」。そこで、生まれてから今まで暮らしてきた足立区で土地を探し始めた。希望は治療院のある駅の近く。様々な選択肢を検討したが、ハウスメーカーの担当者から「その予算では、川を越えた埼玉県でないと建ちません」と言われて強く認識した。23区内の土地は高いが、重要なのは愛するこの町で暮らすことだと。土地代に予算を多くあてないといけないので、建築家にコストを抑えた家作りをお願いすることにした。



幸いなことに生活道路に接した、駅に近い細長い約100平方メートルの敷地が見つかった。ここに幅190cm近いGLCと、手放せずにいるバイクも停められる家を作るのである。しかもシャッターのあるガレージはマスト。家の中は明るく、吹き抜けのあるリビングが希望だ。当然お洒落な家であって欲しい。こうした条件のうえ、予算の制限もある。建築家にとって相当に工夫が必要な仕事であるのは間違いない。



高価な素材は使わなくとも

家作りでコストを下げる一つの方法は、高価な素材を使わないこと。道路に近い位置に窓を設けた場合、普通のサッシュの何倍もする高額な防火タイプを使用する義務があるが、これだと予算が圧迫されてしまう。それを避けるため、生活道路から距離をとった段々の形の家にすることに。道路に面した北側には、窓を設けなかった。

家と生活道路の間に生まれた空間は、半透明の素材で囲って半屋外のスペースとした。ここはガレージやバイク・自転車置き場であり、通路であり、植物が植えられた庭のような場所だ。季節の良い時期は、椅子を置いて本を読んだりビールを飲んだりと、寛ぐこともできる。一方、家本体には安価なサッシュで大きな窓を設け、屋内に自然光を取り込んだ。しかも半屋外空間のお陰で、生活道路からは家の内部を窺うことはできない。これがコスト削減に大きく効いたうえ、引網邸の大きな個性にもなった。

カフェのようなリビング・ダイニング。奥様の後ろのシェルフはコストの関係で扉を付けなかったが、お洒落な雑貨が飾られ魅力的な空間になった。段々になった家の構造は、屋内にも使いやすいスペースを生み出している。吹き抜け空間にL字型の天窓を採用したことで、1階だけでなく2階の奥まで光が届く。
コストカットはその他多くの場所に及んでいる。例えばキッチン奥のシェルフは、お金がかかるから扉を付けないことに。希望したデザイン性の高いステンレスのキッチンは、建築費と別予算で引網さんたちが購入した。雨樋も、西側でなく長さが短くなる南端に設置。屋根は法律で定める最も緩やかな勾配で、北から南へ向けて15cmだけ傾け、雨水を樋に流している。

吹き抜けにあるL字型の天窓

こうした積み重ねで、引網邸は無事に完成した。1階はリビング・ダイニングと施術室。2階は寝室と水回りの間取りである。1階のリビング・ダイニングがことさら明るいのは、吹き抜けにあるL字型の天窓のお陰。この形だと、光がより奥まで届くのだ。そして扉を付けずオープンとなったキッチン奥のシェルフには、奥様が旅先で集めた雑貨が並んでいる。こうしてリビング・ダイニングは、お洒落なカフェのような居心地の良い雰囲気に。経営する治療院のスタッフを招くことも考えた、ちょっと広めの空間だ。

半屋外の空間には、作庭家の手が入り素敵な植栽が。その一角に、将来また乗るであろうバイク専用置き場が設けてある。駐車スペースの横には、サーフボードと、ウエットスーツ用の収納、そしてボードを洗うシャワーが。施主からの依頼ではなく、サーフィンを趣味とする建築家のアイデアだ。

念願のマイホームに暮らし始めて一年。奥様は、日々植物の手入れをしていることから、「以前より季節の移ろいを感じるようになった」と話す。そして引網さんは……「将来娘が大きくなったら、またバイクに乗りたいものです」と。そう、限られた敷地内にバイク置き場を設けたのは、その日のためなのだ。この家でこの町で、両親の愛情をたっぷり受けて育つお嬢さんは、本当に幸せだなと思った。




建築家:綱川大介 1977年東京生まれ。一時期日活の美術部門に籍を置いたが、建築家を目指し工学院大学専門学校を卒業後、2010年に加瀬谷章紀氏(1974年・北海道生まれ、東京理科大大学院修了)と共同でI.R.A(国際ローヤル建築設計)を設立。エッジの利いた住宅を中心に、集合住宅、商業施設などを手掛ける。二人ともアウトドア・ライフが趣味で、綱川氏の愛車はジープ。長く乗り続けるつもりでいる。加瀬谷氏の愛車はVWトゥーラン。

文=ジョー スズキ 写真=繁田 諭

(ENGINE2021年9・10月号)

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