そんなわけで、最初に買ったクルマはハコスカである。田中哲司さん35歳のときだった。「これではないんです。もう1台あるんですよ。当時100万円ちょっとで、ブルー・メタリックの日産スカイライン2000GT2ドア・ハードトップを買いました。1971年式です。いま、長期改良プロジェクトが進行中で工場に入っています」手に入れたハコスカの第一印象は“意外とちっちゃい”というもの。整備が不十分の個体だったようで、エンジンどうにかならないかな? と思ったそうだ。オーバーヒートなどのトラブルにも手を焼いた。田中さんが全幅の信頼を寄せているハコスカ専門店、VICTORY50との付き合いはこのときからスタートした。「自分のクルマを整備に出すと、そこにシルバーに輝く4ドアのハコスカGT-Rがあったんです。代表の内田幸輝さんが乗っているクルマで、行くたびに憧れてました。ホンモノのGT-Rはオーラが違うなあと。自分の2ドア・ハードトップはもちろん可愛いんですけど、GT-Rの前では色褪せて見える。なんだかニセモノのような感じまでして(笑)」とはいえ、内田さんの整備により、調子が良くなった2ドア・ハードトップで楽しい日々を田中さんは過ごした。5年ほど経ったある日、内田さんに白い4ドアのGT-Rの売り物があることを聞いた。「えっ! 4ドアのGT-R! まさに羊の皮を被った狼じゃないか! 自分がそんな大それたクルマに乗っていいのか? しかもハコスカ2台持ちになっちゃうぞ? すごく迷いました。でも、これは縁だ。この巡り合わせを逃すともう一生買えないと思って手に入れました」これが冒頭で写真を撮りまくっていた1969年式の日産スカイライン2000GT-Rである。「GT-Rはこんなにウルサイんだというのが第一印象です。ボンネットを開けてS20型エンジンを見たときは、オーッと声を上げました。もう、涙が出るくらい嬉しかったですね。でも、自分は気が小さいので、大丈夫か? 天狗になってないか? とも思いました」オリジナルのGT-Rを手に入れた田中さんは、2ドア・ハードトップはとことん改良することにした。前述の長期プロジェクトとはチューニング・メーカー、OS技研が手掛けたL型エンジン(3.2リッター直6DOHC)に乗せ換えるというものだ。「ちょっとイジるとすごく楽しくなるんですよ。どんどん欲が出て最後はツインカム・ヘッドとかになっていくんです。高出力エンジンのため、デフやトランスミッション、そしてボディも強化します」
どこへでも乗っていく白いハコスカGT-Rは特別扱いされず、たとえ雨が降ろうと撮影現場や買い物など、場所を選ばず乗って行くという。「たまに奥さんのクルマに乗るんですけど、ときめかないんです。良く出来たクルマだから素晴らしいんですけど、ワクワクしない。ハコスカ以外は本当にどんなクルマもまったく興味がないんです」ハコスカは自分の生きがいだという田中さん。「2台のどちらが欠けても自分じゃない気がします。それぐらい依存している。ツライことがあっても、オレはハコスカ2台乗れているんだぞ、と思うとちょっと元気になる」奥さんの仲間由紀恵さんにも「この2台だけは売ることができません、それだけはお願いします」と言ったそうだ。キャブの調子もいいですか? と聞くと、田中さんがハタと膝を打った。「わかりました! 現代のクルマに何も感じない理由が! キャブですよ、キャブ。僕はキャブレターの吸気音が好きなんだとつくづく思います。ちょっと生き物のような、あの吠えた感じがないとダメなんです。乾いた空気のときなんか素晴らしい。いろんな回転数で、こんな音がするんだとか、すごく楽しいんです」ハコスカに乗るようになって、ますますハコスカが好きになったという田中さん。双子の子供たちに1台ずつ譲るときまで乗り続けるという。
▶「わが人生のクルマのクルマ」の記事をもっと見る文=荒井寿彦(ENGINE編集部) 写真=筒井義昭
田中哲司/1966年三重県鈴鹿市生まれ。日本大学藝術学部演劇学科を卒業。長塚圭史、白井晃、栗山民也らの演出する舞台に数多く出演。近作に「真犯人フラグ」(日本テレビ)、「余命10年」(藤井道人監督)、「シン・ウルトラマン」(樋口真嗣監督)。3代目日産スカイライン、通称ハコスカへの愛は意外なところにも表れている。左の写真を見て欲しい。特注したエンジンのヘッドカバーにPRINCEの刻印が! 本来はNISSANと彫られているが、GT-R誕生にはPRINCEの存在があったことへの思いが込められている。田中哲司さんが舞台『ケダモノ』に出演します!田中哲司、大森南朋、赤堀雅秋の演劇ユニットの第3弾となる新作舞台『ケダモノ』が、東京・下北沢「本多劇場」で公演される。作・演出/赤堀稚秋 出演/大森南朋、門脇 麦、荒川良々、あめくみちこ、清水 優、新井 郁、赤堀雅秋、田中哲司前売り当日ともに7800円。4月21日(木)~5月8日(日)東京「本多劇場」5月14日(土)~15日(日)札幌「かでるホール」5月20日(金)~22日(日)大阪「サンケイホールブリーゼ」
(ENGINE2022年5月号)
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