2022.05.16

LIFESTYLE

バッハの不滅の傑作に挑んだ3人の名手 その演奏を聴き比べてみると

国際舞台で活躍する3人のヴァイオリニストが、バッハの傑作『無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ』を次々に録音。弦楽器1本の音色から生まれる、三人三様の演奏の個性とは?

往年の巨匠を思い起させるツィンマーマンの演奏

J・S・バッハの『無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ』は、ヴァイオリンの機能を最大限に発揮させた音楽史上の不滅の傑作と称されている。各曲にバッハは創意工夫を凝らし、ヴァイオリンの華麗な装飾音、イタリア的な要素、対位法の妙、和声の工夫、幻想的で神聖な雰囲気、弦と弦との濃密な対話、フーガと変奏など、ありとあらゆる要素を盛り込み、聴きごたえのある作品に仕上げた。

有名なパルティータ第2番の第5楽章「シャコンヌ」は、257小節という異例の長さを備え、技巧的にも難しく、演奏者は完璧なテクニックをもって可能な限り美しい弦の響きを生み出さなくてはならない。



この大曲に、最近3人の名手が録音に挑んだ。ドイツのフランク・ペーター・ツィンマーマンは同業者から憧れの目を向けられ、「あんなヴァイオリニストになりたい」「彼のような演奏ができたら最高」という賛辞を寄せられている。そのツィンマーマンは長年弾き込んだ作品でも、「常に初めて対峙するような新鮮な気持ちを抱いて演奏することをモットーとし、楽譜も買い替えて真新しい譜面に注意事項を書き込んで一から勉強し直します」と語る。往年の巨匠を思い起こさせる馥郁たる薫りに満ちた演奏は、このバッハでも健在。自然で温かい音色、いつまでも心に残る正攻法の奏法が心にまっすぐに響く。使用楽器は、かつてクライスラーが所有していたといわれる1711年製のストラディヴァリウスである。



正攻法の諏訪内、作品に寄り添うカヴァコス

諏訪内晶子にとって、アルバムデビュー25周年にあたるメモリアルイヤーに録音されたバッハは、まさに記念碑的な存在。弦楽器奏者は楽器が変わると自らの奏法、解釈、表現法が大きく変化するといわれるが、諏訪内も新たな楽器、チャールズ・リード(1732年製、グァルネリ・デル・ジェズ)へと歩みを進め、この名器を得てバッハの全曲録音を行った。演奏は作品の内奥にひたすら迫っていく正攻法。ストイックなまでの音楽への取り組みが伝わり、聴き手は作品の真意に近づくことができる。



レオニダス・カヴァコスの演奏は真のヴァイオリン好きに愛されるもの。派手な動作や華麗な超絶技巧とは距離を置き、作品にひたすら寄り添う。それゆえ、聴き終わると充実感に満たされる。このバッハはカヴァコスの長年に渡る研鑽と研究と分析と「神への感謝」が凝縮した印象深い演奏。何度も繰り返して聴きたくなる愛聴盤の登場である。





文=伊熊よし子(音楽ジャーナリスト)

(ENGINE2022年6月号)

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