2022.03.21

LIFESTYLE

ブラームスに恋したピアニスト、ジョフロワ・クトーの新たな挑戦 

(C)Jean Baptiste Millot

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ブラームス・コンクールの覇者ジョフロワ・クトー。ピアノを伴う全ブラームス作品を録音中の彼が、留まるところを知らない作曲家への愛を語る。

生涯ブラームスと共にありたい!

あるアーティストの演奏を聴き、これまで抱いてきた作品への解釈が大きく変容することがある。フランスのピアニスト、ジョフロワ・クトーのブラームスを聴いたとき、北国特有の渋く暗く重いブラームスではなく、抒情的で繊細で、自然を愛したブラームスならではの晴朗さや歓びなどが随所に見られるみずみずしいピアニズムに、新たなブラームス像を打ち立てる演奏だと感じた。

来日公演は録音とはひと味異なり、活力に満ち、強弱の幅が豊かで、メランコリックで深遠な響きが顔をのぞかせていた。特筆すべきは、各音の奥に微妙な静けさが宿っていること。演奏から美しい詩が浮かび、絵画的世界へと誘われていくようだ。

「13歳でブラームスの《6つの小品作品118》に出合い、すっかり魅了されてしまいました。もっと知りたい、奥に何かがあるという気持ちが募りピアニストを目指すようになりました。恋をしたときの気持ちと同じです。以来、ブラームスを弾き続け、生涯ブラームスと共にありたいと思っています」

子ども時代は体操選手を目指したが、腕を故障して体操は断念、ピアノひと筋となる。パリ音楽院で研鑽を積み、やがてブラームス国際コンクールで優勝の栄冠に輝く。



協奏曲プロジェクトを開始

そんなクトーがブラームスのピアノ独奏曲全集に続き、ピアノを伴う室内楽全曲録音を行い、さらに協奏曲プロジェクトも開始した。

「私の録音は、ジュリアス・カッチェン(アメリカ、1926~69、ブラームスのピアノ独奏曲と協奏曲をすべて録音)へのオマージュのような形で進行しています。ブラームス・コンクールのときのプログラムは、カッチェンが64年にロンドンのウィグモア・ホールで演奏したときの選曲にならっているんですよ」

クトーはピアノに向かう姿勢がとても美しい。上半身は微動だにせず、ペダルを踏み込む足もごく自然で、完璧に脱力ができた手と指の動きだけで美しいブラームスを奏でていく。時折、強靭なタッチなども登場するが、体操で鍛えたからだろうか、大袈裟な素振りはまったく見せずに腕の力で深々とした響きを生み出していく。





ピアノ協奏曲第1番の演奏は雄大さと歌心が横溢。バッハ/ブラームス編の「左手のためのシャコンヌ」も収録し、情熱的なピアニズムを披露している。チェロ・ソナタではペローの低声と雄弁な対話を。ヴァイオリン・ソナタでは第1番「雨の歌」の終楽章が静謐の空気をまとう。

文=伊熊よし子(音楽ジャーナリスト)

(ENGINE2022年4月号)

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