2023.12.28

LIFESTYLE

スペインの漁師がわざわざ気仙沼まで買いに来た「奇跡のジーンズ」 オイカワデニムがつくる世界で唯一の「メカジキジーンズ」とは?

メカジキジーンズはオーガニックコットンのほか、リベット代わりに土に還る本ナットボタンを使用するなど、環境にも配慮。

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未曽有の被害をもたらした3.11の被災地のひとつ、気仙沼で津波に負けなかったジーンズをつくるオイカワデニム。廃棄される魚の吻を使ったモデルが地域の復興に貢献する。

抜群の耐久性を誇るデニムを

ビルすらたやすく破壊する津波に数千本も攫われながら、ひと筋の糸の切れもなかった“奇跡のジーンズ”。生みの親であるオイカワデニムは、もともと大手アパレルのOEMを手がける一企業だった。

「気仙沼は漁業が主要産業です。漁に出ている間、家にいる奥さんが仕事をするのに縫製工場はうってつけでした」と社長の及川洋さんは語る。だが、大手商社が低賃金の海外へ工場を移し始めたことから、オリジナルブランド「スタジオゼロ」の立ち上げへと舵を切る。技術の探求を繰り返した結果、縫製に綿よりもさらにタフな麻の糸を使用し、抜群の耐久性を誇るジーンズを開発した。

メカジキはカジキ類で最大級の大きさを誇る。上顎が長く縦に伸びた長い「吻」(ジーンズ左横)を持つのが特徴。角のような形状と固さで、通常は廃棄される。


避難所での交流から

順調な業績に深刻な影を落としたのが3.11の大震災。他ならぬオイカワデニムの社屋が周辺住民の避難所になった。そこで地域の人たちと過ごした経験が、
画期的な製品開発へ導く流れとなる。

「通常は漁師の方と陸の人間はあまり接点がありません。でも避難生活で一緒に過ごすうちに、いろいろお互いを知ることができました」

それがメカジキだった。固く伸びた角のような吻が廃棄されていると聞き、ジーンズに応用するアイデアを思いつく。

「デニムはオーガニックコットンを使っているのですが、繊維の芯は空洞です。そこに吻の粉末を織り込んでみました」



効果はてきめんだった。吻の主成分であるリン酸カルシウムは保湿力に富むほか、防臭や抗菌の効果もある。日常的に、そして長く使うジーンズには最適だ。実際、穿きこむほど体に馴染んでくるという声が多く寄せられている。国内にとどまらず、世界的な評価も高い。気仙沼の漁師はスペインのマヨルカでも網を張るが、そこでひとりが穿いていたモデルを地元の漁師が気に入り、スペインから気仙沼まで買いに来たことがあったという。文字通り“海を越えたジーンズ”だ。

こうした真摯なものづくりの背景にあるのは、及川社長が持つ地域貢献の切実な思い。単なる社としての営利にとどまらず、地元の素材が生み出す利益を地域の復興に還元しようとしている。

海は時に我々に牙をむく。だが与えてくれる幸も無尽蔵だ。世界でもっとも国土が海に接しているわが国だからこそ、豊潤な恩恵に浴する権利がある。海の群青を思わせるデニムのイノベーションは、その証左に違いない。


文=酒向充英(KATANA)

(ENGINE2024年1月号)

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