メカジキジーンズはオーガニックコットンのほか、リベット代わりに土に還る本ナットボタンを使用するなど、環境にも配慮。
全ての画像を見る
未曽有の被害をもたらした3.11の被災地のひとつ、気仙沼で津波に負けなかったジーンズをつくるオイカワデニム。廃棄される魚の吻を使ったモデルが地域の復興に貢献する。抜群の耐久性を誇るデニムをビルすらたやすく破壊する津波に数千本も攫われながら、ひと筋の糸の切れもなかった“奇跡のジーンズ”。生みの親であるオイカワデニムは、もともと大手アパレルのOEMを手がける一企業だった。「気仙沼は漁業が主要産業です。漁に出ている間、家にいる奥さんが仕事をするのに縫製工場はうってつけでした」と社長の及川洋さんは語る。だが、大手商社が低賃金の海外へ工場を移し始めたことから、オリジナルブランド「スタジオゼロ」の立ち上げへと舵を切る。技術の探求を繰り返した結果、縫製に綿よりもさらにタフな麻の糸を使用し、抜群の耐久性を誇るジーンズを開発した。
避難所での交流から
順調な業績に深刻な影を落としたのが3.11の大震災。他ならぬオイカワデニムの社屋が周辺住民の避難所になった。そこで地域の人たちと過ごした経験が、画期的な製品開発へ導く流れとなる。「通常は漁師の方と陸の人間はあまり接点がありません。でも避難生活で一緒に過ごすうちに、いろいろお互いを知ることができました」それがメカジキだった。固く伸びた角のような吻が廃棄されていると聞き、ジーンズに応用するアイデアを思いつく。「デニムはオーガニックコットンを使っているのですが、繊維の芯は空洞です。そこに吻の粉末を織り込んでみました」
効果はてきめんだった。吻の主成分であるリン酸カルシウムは保湿力に富むほか、防臭や抗菌の効果もある。日常的に、そして長く使うジーンズには最適だ。実際、穿きこむほど体に馴染んでくるという声が多く寄せられている。国内にとどまらず、世界的な評価も高い。気仙沼の漁師はスペインのマヨルカでも網を張るが、そこでひとりが穿いていたモデルを地元の漁師が気に入り、スペインから気仙沼まで買いに来たことがあったという。文字通り“海を越えたジーンズ”だ。こうした真摯なものづくりの背景にあるのは、及川社長が持つ地域貢献の切実な思い。単なる社としての営利にとどまらず、地元の素材が生み出す利益を地域の復興に還元しようとしている。海は時に我々に牙をむく。だが与えてくれる幸も無尽蔵だ。世界でもっとも国土が海に接しているわが国だからこそ、豊潤な恩恵に浴する権利がある。海の群青を思わせるデニムのイノベーションは、その証左に違いない。文=酒向充英(KATANA)(ENGINE2024年1月号)
無料メールマガジン会員に登録すると、
続きをお読みいただけます。
無料のメールマガジン会員に登録すると、
すべての記事が制限なく閲覧でき、記事の保存機能などがご利用いただけます。
いますぐ登録
会員の方はこちら