2026.02.28

CARS

レストアとは何か? 歴史を伝えるのも大事なのでは? 74年前の「オオタ号」が教えてくれるヒストリック・カーとの向き合い方【ノスタルジック2デイズ2026】

2年連続で展示された「オオタ号」は正しいレストレーションとは何かを考えさせる。

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ノスタルジック2デイズの名物展示となっているのが、こちらの「オオタ号」である。この「オオタ」とはかつて日本に存在した自動車メーカーが使っていたブランド名で、紆余曲折しながら歴史を刻んでいる。

当時の姿を取り戻すことだけが正しいとは限らない


この「オオタ号」のレストアを手がけるのが林 克巳氏である。



名物展示といっても2025年に続いて2年連続の展示なのだが、その存在感の強さからあえて名物展示と呼びたい。そして、多くの来場者がそう感じていて、来場者は展示車に目をやり、林氏に話しかけていた。

ヒストリック・カーの世界ではあまりにも有名な林コレクションを主宰する林 克巳氏は現在86歳である。昨年からの進捗状況を林氏におうかがいしたところ「板金がほとんど終わって、各部をバラして組み上げているところです。今日のために即効で仕上げてきました。でも全体からいったらどうでしょう、全体から見れば三割程度でしょうか。まだ五割にも達していません」とのことだった。



おそらくノスタルジック2デイズ2026に展示されたクルマのなかではもっともレストアが進んでいない個体かもしれない。だが林氏はこうも付け加えた「床などもすべて手を入れればよいのですが、これはやっていいかどうかって考えもありますよね。マニアックな人はいっぱいいるのですが、わかる人は一割もいないのです」



話をお聞きしたときには聞き流していたのだが、こうして原稿に起こしてみると林氏の心の底から湧いてくる叫びが聞こえるような気がする。レストアして当時の姿を取り戻すだけが大切なのではなく、このクルマがたどってきた歴史を伝えることが大切なのでは? 現代の解釈でレストアするのもひとつの方向性だが、それで失われるものもあるのでは? 林氏はそう言いたいのではないかと思えたのだ。



「オオタ」の名が冠されたた最初のクルマは1923年(大正12年)に製造されたという。ご多分に漏れずオオタの工場も第二次世界大戦中は軍需工場として稼働したが、戦後2年にあたる1947年にはPA型という乗用車を製造。その後も数機種を開発、販売したが1955年には倒産。最終的には1962年に日産の子会社である日産工機へと名を変え、現在に至っている。



展示された「オオタ号」は1952年式のPA4型でまさに戦後のオオタ自動車、初期のモデルである。

林氏は「私が86歳ですから、もう友人も仲間も半分いないですし、この後を継いでくれる人は日本にいないですね。というか、もともとこのクルマを発掘した時点で日本にいなかったんですよ。誰も。」と少し寂しそうに語っていた。

林氏のレストアしたいという思いと、そのまま残したいという思いの交錯は、取材者である私の気持ちを大きく揺さぶった。そして今願うのは、2027年のノスタルジック2デイズにも、この「オオタ号」が展示され、林氏が元気な姿でクルマの横にたたずむ姿を見ることである。

文と写真=諸星陽一

(ENGINE Webオリジナル)

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