2026.04.19

CARS

職人が何もないところから日本の名スポーツカーの始祖をイチから再生 令和に蘇ったパブリカスポーツ【オートモビルカウンシル2026】

2026年4月10日から12日までの3日間に、千葉・幕張メッセで開催されていたオートモビルカウンシル2026。そのトヨタブースでひときわ人目を惹いていたのが、「パブリカスポーツ」のレプリカモデル。パブリカスポーツとはいったいどんなクルマなのだろうか? その成り立ちから説明しよう。

1962年に出品した研究実験車


パブリカスポーツは1962年に開催された全日本自動車ショーに出品されたトヨタの研究実験車。今でいうコンセプトカーに相当する。ちなみに全日本自動車ショーは現在のジャパンモビリティショーの源流にあたるイベントで、1954年に開催された際は「全日本自動車ショウ」、1959年に「全日本自動車ショー」となり、1964年から英語表記の「Tokyo Motor Show」、1973年より日本語表記の「東京モーターショー」、2023年に「ジャパンモビリティショー」となり現在に至る。

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トヨタ・スポーツ800の始祖


パブリカスポーツは当時の市販モデルであるパブリカをベースとしたスポーツモデル。このパブリカスポーツが元になり、トヨタ・スポーツ800、いわゆるヨタハチが誕生している。そのシルエットを見ればパブリカスポーツとスポーツ800が同じ血筋にあることは明白だが、大きく異なる点もある。それはドアの存在とルーフの方式だ。

市販車であるスポーツ800は前側にヒンジが付く一般的なドアを持ち、キャビンはルーフ部分が脱着できるタルガトップとなっている。一方のパブリカスポーツはドアがなく、その代わりに後方にスライドオープンするキャノピーを有する。つまり、またいでクルマに乗り込むようなスタイルなのだ。キャノピー下部は窓枠よりも下でスライドするようになっていて、乗り込みやすさを向上していることがうかがえる。搭載されたエンジンはU型の690cc。パブリカと同出力ならば28馬力である。

パブリカスポーツの開発主査は長谷川龍雄氏で、かつては元航空機設計者。長谷川氏は航空機の技術を自動車に応用することを目的に、空気抵抗低減と軽量化を目指した実験車として開発し、やがて市販型であるスポーツ800へとその血筋がつながる。


きちんと走る


さて、今回展示されたパブリカスポーツだが、これは全日本自動車ショーに展示された現物ではなく、レプリカモデルだ。現物はすでに存在していないが、有志の手により再生されたものだという。当時のパブリカなどを見つけてきてそれをベースに作ったモデルかと思ったのだが、そのあては大はずれ。一部パブリカのパーツを使ってはいるものの、なんとゼロから板金して作りあげたというのだ。

単なるボディのレプリカを作ったわけではなく、きちんと走るクルマとして仕上げられているところも注目。エンジンもオリジナル同様の690ccのものが搭載され、デモンストレーションランも実施している。

パブリカスポーツの横にはスポーツ800も展示されていた。スポーツ800はトヨタのなかで技術などの伝承のために行われているレストア活動によって再生されたモデル。トヨタの復刻活動はさまざまなアプローチで行われていることを感じた。



文・写真=諸星陽一 編集=新井一樹

(ENGINE WEBオリジナル)

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