いつものように世田谷は等々力渓谷の脇に構えたニコルのショウルームでクルマを借り受ける。シート・ポジションやらステアリング・コラムやらミラー類やらを入念に合わせ込んで、いざ出発。スターター・ボタンを押すと、「あぁ、やっぱり6気筒だわぁ」と溜息が出た。その瞬間、一切の雑味を感じさせることなく、6発のシリンダーに美しく火が入る。直列6気筒エンジンはイイ。そろそろと走り始めると、今度はそのただならぬ重厚感に圧倒されることになる。みっちりと隙間なく中身が詰まっているかのような、上品な質量感。それをこともなげに動かす、ターボ過給ディーゼルの濃厚な低速トルク。これもまた、アルピナならではの贅沢な味わいだ。

市街地を走り始めて意外に思ったのは、アルピナにしては乗り心地が硬いと感じることだった。荒れた路面や目地段差がことごとく分かる。鋭いハーシュネスではなくて、全体としての乗り心地が予想した以上に締まっている。オプション装着されている2インチ・アップの22インチ・タイヤのせいもあるだろうが、アルピナ・スタンダードからすると、もう少し穏やかであってもいいのではなかろうか、と感じたのである。燃料噴射量とアクセレレーターを繋ぐ特性や、変速制御、ステアリングのアシスト特性、サスペンションの電子制御ダンパーの可変特性などを一括で5種類に切り替えられるドライブ・エクスペリエンス・コントロールは、デフォルトの〝コンフォート〟のままだ。
試しにと思ってあれこれ切り替えてみると、突如、とろけるように柔らかな表情を見せた。〝コンフォート・プラス〟にすればよかったのだ。こうすると、ダンパーは一気に緩んで、ゆったりとしたライド・フィールになる。これと反対に〝スポーツ〟では〝コンフォート〟からさほど大きな違いは生まれないが、〝スポーツ・プラス〟にすると、これはもうスポーツ走行専用モードよろしく、断固、締まったセッティングの脚になる。
普通に使うぶんには交通量の混みぐあいに合わせて〝コンフォート〟か〝スポーツ〟、あるいは〝コンフォート〟のままギア・セレクターを倒して変速プログラムをスポーツとして、その状況にいちばんピタッとくる特性を見つけてやればいいということだ。いろいろ試してみると、XD3は、この3つのモードで極端に性格が変わることがなく、その時々に合わせ込むことができるのがイイ。これみよがしに変わったと感じさせるのではなく、痒い所に手が届くかのように微調整ができるのである。こういうのこそが、好事家のための真の高級というのだろう。




そういう可変特性が用意されていることを確認して本格的に走らせ始めると、これは紛れもなくアルピナだった。クルマが物理的に抱えている本質的な特性、それは重量だったり、前後重量配分だったり、重心高だったり、左右輪間距離だったり、前後車軸間距離だったりの組み合わせによって決するものだが、それに抗ってねじ伏せるのではなく、それに逆らわずに、光るところだけを磨いて抽出するかのようにして、動的特性やライド・フィールを作り上げている。2.1tのクルマはどうやっても2.1tであり、それをまるで1.5tであるかに見せかけるような仕立ては施していない。エンジンにしてもそうだ。ディーゼルとしては異例に高回転域が伸びるパワフルなユニットは、望めば望んだだけトルクをひねり出してくる。それがガソリンであるかディーゼルであるかということよりも、それがアルピナの名に相応しいものになっているかどうかに、重きが置かれている。このエンジンはディーゼルである以上にアルピナなのだ。実際のところ、走行中にそれがガソリンかディーゼルかをたちどころに見破るパセンジャーは多くないだろう。ディーゼルであることを思い出すのは、ガソリン・スタンドで給油後、レシートを見てニヤリとしたくなる時ぐらいのものだ。ヴィークル・ダイナミクスも、パワートレインも、ドライバーの意思にどこまでもしなやかに追従する。XD3はまさにアルピナである。
BMW アルピナ XD3 ビターボ
文=齋藤浩之(ENGINE編集部) 写真=望月浩彦
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