村上 新しい508はハンドリングもピーキーじゃないし、アウトバーンだってちゃんと走れるようなクルマになっている。だけど、走り出しの軽やかさはメルセデスのような一瞬間があるような種類のものとは全然違う。ラテンのクルマは一時期、ドイツ車に席巻されて、ドイツ車に憧れざるを得ないというかドイツ車になりたいみたいな感じで混迷していた。
齋藤 90年代以降、ヨーロッパだけでなく世界の自動車を引っ張ったのは間違いなく、産学官民一体となって国家基幹産業を世界一にしようとしたドイツ。国を挙げての攻勢に世界は抵抗したくてもしきれなかった。ところがその後、ドイツが先進国のマーケットを席巻するみたいなことになるなか、他国のメーカーは次第に冷静さを取戻し、「俺たちはそっちに行っちゃダメなんじゃない?」というのをみんな意識するようになった。何もかもが引きずられたらマズイだろうと気付いたんだと思う。フランスも、イギリスも、イタリアも。
村上 その結果、日本人の目から見て、「ちょっと違っていていいね」と思えるものになったのが良かったんだと思う。外観を見てちょっと違うなと思ってドアを開けて乗ると、内装を見てもドイツ車のサルーンとは全く別物の世界が広がる。そして走らせると「こういう走りなのね」という独特の気持ちよさがある。
全高はセダン、SWとも1420㎜。最近のセダン系としてはけっこう低い。ホイールベースはどちらも2800㎜だが、全長はセダンよりもSWの方が40㎜長くなっている。車両重量は全グレードでSWの方が40㎏重い。
ガソリン、ディーゼルとも先代508に搭載されていたものの進化形。力強さでは40kgm超の最大トルクを誇るディーゼルの方が勝るものの、ガソリンも軽やかでトルク・バンドが広く、さらにディーゼルよりも低い回転数で最大トルクを発生するため、乗り易さでも引けを取らないなど、その出来はディーゼルに勝るとも劣らない。
齋藤 ドイツ車みたいな力づくな感じがないんだよ。
村上 エンジンを掛けて走り出すとき"スッ"と出ていくもんね。
齋藤 "スッ"と曲がるし。
村上 安全のために踏んでもすぐに飛び出さないメルセデスみたいなものとは発想が違う。軽い。だからといって安定性がないかというと、今のクルマだからそんなことは全くない。
齋藤 今、プジョーはPSAの3ブランドの中でスポーティ担当なのね。だから見た目も乗った感じもスッキリしていて、身軽でキビキビした乗り味ということで統一されている。
村上 こういうクルマは街中で乗っても、高速で乗っても、そして山で乗っても気持ちいい。日常の範囲内なら、どの局面で乗っても満足できるタイプのクルマだよね。ただ、サーキットに行くとけっこう厳しいと思うけど。サーキットで楽しめるようなスポーティさではない。
齋藤 フランス人は「サーキットに行きたいならそういうクルマを買わないと」ってことになるから。
村上 ドイツ車はサーキットに行っても楽しく感じられるスポーティさだけど、508のスポーティさはそういうのとはちょっと違う。
齋藤 ドイツ人はほどほどってことを知らないんだよ。だってM3があるのに4気筒の330iにもサーキットを走るためのトラック・パックを用意しちゃうんだから。
村上 508のスポーティさは日常の中で満足できる種類のもの。今はセダンでなくSUVが一般的な乗用車になったから、「家族や荷物を載せてバカンスに行きたい人はSUVを買ってください」ってことなのかな。
新井 そういう意味でPSAはSUVを自分たちの商品ラインナップの中に上手く組み込みましたよね。
齋藤 ボリューム・ゾーンをそっくりそのまま"ポンッ"とSUVに移行できたんだよ。
村上 だからこうやってセダンを割り切れた。
新井 今までのセダンみたいな使い方をしたければワゴンも選べるし、もっと高い実用性が必要ならSUVもありますよって感じでしょうか。
齋藤 PSAはSUVではもっとも後発組だったのに、ルノーよりはSUVへの転換に対する真剣度が高かったんだよ。さらに不思議なもので、花開いたときにはいろいろ言われていたパワートレインも気付いてみたらみんなターボ過給でトルクは十分あってパワーもあって、変速機は気付いたら8段ATといったように、何の文句もないものになっていた。
村上 8段あると1.6ℓとは思えないほど活発に走る。きめ細かくトルクが一番出るところを選んでくれるから何の不満もない。
齋藤 あと、乗り心地も公道で乗っていて硬過ぎるって思うことはまったくないからね。
村上 ちょっとスポーティだよねというくらいの乗り味。ちなみにセダンとワゴンの違いは?
齋藤 ワゴンの方がちょっと重い気がするくらいかな。ワゴンはディーゼルとの組み合わせだったんだけど、フロントも重くてなおかつ脚が硬いから快適に感じる速度域がガソリンのセダンよりも高め。時速80~90㎞くらいだとちょっと硬いかなって感じた。一方、ガソリンのセダンの方は快適ゾーンが日本で乗るとドンピシャだった。
新井 セダンといってもリアのバルクヘッドがないから構造的にはワゴンとさほど変わらないこともあってか、セダンとワゴンの差はドイツ車なんかと比べると少ないですよね。荷室は床面積は同じですが、高さがあるぶんだけワゴンの方が広いです。
齋藤 あと後席のヘッドクリアランスもワゴンの方が余裕がある。ワゴンの方が重くなるからディーゼルじゃないと走らないってことはまったくない。だから、セダンとワゴン、ガソリンとディーゼルとも用途に合わせて選べばいい。ディーゼルだけ乗っていればすごく乗り心地がいいと思う。ガソリンと比べるとさらにガソリンの方がいいよねってことになるくらい。すべてがバチンと良いところに合った、カタチも、シャシーも、パワートレインも、セッティングも、何もかもが。「そこ違うんですけど?」みたいなところがキレイすっきりなくなった。
村上 新しい508は何年に一度の名車の感じがするよね。
齋藤 これまでPSAが混迷期に居たのは間違いない。長い間生きる道を定められなかった。ところがここへきて、いい方向にすべてが収れんして、果実が実った感じがする。
村上 でも特別な革命が起こったというほどのものではない。なんとなく独善と普遍が上手くバランスされるようになった。
齋藤 それはドイツ車やアメリカ車とは違うってことだよね。
村上 今は昔ほど大きく違うわけではない、ひと味違う程度。そこの具合が程よくていい。
齋藤 特別なことを何にもやっていないのに、こんなに魅力的なクルマが作れるわけでしょ。それが力技じゃないというのがフランス車らしい。
村上 新しい508には特筆すべきテクノロジーはないからね。
齋藤 ただ、ちゃんと取捨選択している。使えるものは使って、要らないものは捨てる。考え方が身軽だよ。これがイタリア人は本気でやるとなると根本からすべて正しいことをやらないと気が済まなかったりする。
村上 とりわけ機械に対してはね。
齋藤 なにせダ・ヴィンチを産んだ国だから。それにドイツ車の亡霊がどこにもないところもいい。先代のドイツ車を意識していたコンプレックスを新型ではまったく感じない。
村上 BMW設計のエンジンをシレッと使っているけどね。
新井 フランス語しかしゃべらないように見えるけど中身はしっかりグローバル。日本車やドイツ車に慣れた人でも違和感なくスッと乗れます。
村上 その上で、「いい味してるね」というのもしっかりと伝わる。
齋藤 街の中に居るとみんな振り向くと思うよ。
村上 久々にカッコいいクルマが出たなという気がする。ラテンのクルマには、思いがけないタイミングで"ポン"と名車が出てくるけど、これはそういう種類のクルマだよ。(後編・終わり)
話す人=村上 政編集長+齋藤浩之+新井一樹+上田純一郎(すべてENGINE編集部) 写真=郡 大二郎
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